劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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好きでやってるわけじゃないですがね……


女装男子

 船内を短時間で制圧したヤミは、桟橋の三人もあっさり無力化した。ウエストポーチから取り出した通信機でサポート要員と連絡を取っているヤミの許へ、スカートの三段フリルを揺らしながらヨルが歩み寄った。鬱陶しくなったのか、左目の眼帯は外しており、こうして素顔が露わになると姉の方が女の子らしい顔立ちで、ヤミの方は可憐ながらも声と同様中性的な印象があった。

 

「ヤミちゃん、彼らの素性は分かったの?」

 

「人相照合ですぐに調べがついたよ。船のヤツらはUSNAで活動している人間主義団体のメンバーだった。持って帰って詳しく調べればバックにいるのが誰か分かるんじゃないかな」

 

「記者の方は?」

 

「持ってた端末に魔法師嫌いで有名な野党議員との通信記録が残ってた。お粗末な話だよね」

 

「そう……何だか拍子抜けね」

 

「うん、これなら僕たちが出てくる必要も無かったと思うな」

 

 

 気の抜けた笑いを浮かべる姉に、妹は結構本気で愚痴を漏らした。

 

「こら、ヤミちゃん。『僕』じゃないでしょう?」

 

「うっ……いいじゃない、『僕』くらい」

 

「確かに自分の事を『僕』っていう女の子がいないわけじゃないけど、やっぱり少数派なのよ。人と違う事をして目立つのは良くないわ」

 

 

 姉の言っている事は確かに一理あったのだが、その格好で言われても説得力に欠けるのではないか、というツッコミはヤミの心の中だけで行われた。そしてヤミの葛藤は、ぞろぞろと集団で現れた黒服によって無意味な者となった。

 

「若、移送の準備が整いました」

 

「馬鹿野郎! 『若』じゃなくて『お嬢様』だろうが! 若が恥を忍んで女装されているのを台無しにする気か!」

 

 

 その黒服の頭を、リーダーらしき男が張り飛ばした。

 

「若、じゃなかった、お嬢様。申し訳ありません」

 

「お前が……」

 

「はっ?」

 

「お前が一番台無しにしてるんだよ! それにこれは『女装』じゃない『変装』だ!」

 

「はっ、はい。お見事な変装です。我々から見ても、とても文弥様とは思えません」

 

「お前は何をばらしてるんだ!」

 

「ヤミ、落ち着きなさい。貴方たちも気を抜き過ぎですよ。このような有様では、ご当主様よりどのようなお叱りを受ける事か」

 

 

 だんだんと声を抑えきれなくなってきたヤミ、こと黒羽文弥を、ヨル、こと黒羽亜夜子が窘める。そして亜夜子が口にしたご当主様の一言で、黒服たちの顔がサッと青褪め、文弥の頭も一瞬で冷却された。

 

「ゴメン、姉さん」

 

「まあ仕方ないわね。貴方の気持ちを考えれば」

 

「……そう言ってくれると嬉しいよ」

 

「もうしばらくの辛抱よ。本格的に二次性徴を迎えれば女装なんて出来なくなるんだし、そうなったら面倒でも別の変装を考えなければならないのだから」

 

「うん……そうだね……」

 

 

 姉の慰めに、文弥ががっくりと肩を落とす。もう高校生になるというのに少しも女装が似合わなくなる気配が無い、という現実をあえて見ないようにして、文弥は自分を励ますように頷いたのだった。

 

「血のつながりがあるのだし、文弥も達也さんのように男らしく成れるはずだから」

 

「でも、深雪姉さまとも血のつながりがあるわけだし、達也兄さんに似るならもっと早くに似て欲しいよ……」

 

「そんな事言っても、私にはどうしようも無いわよ」

 

「分かってるよ……」

 

 

 再従兄であり、尊敬する相手の顔を思い浮かべ、黒羽姉弟は互いに頬を赤らめる。文弥の名誉の為に言っておくと、彼は別にそういった趣味があるわけでは無く、四葉家に連なる人間の殆どが侮蔑している再従兄を尊敬しているからである。

 しかし姉の場合は、完全にそう言った意味で再従兄の顔を思い浮かべて頬を赤らめている。その再従兄と恋仲になるには、二つの難関が待ち構えているので、亜夜子もおいそれとは手を出せない状況なのだが。

 

「深雪お姉さまが羨ましいですわよ。達也さんと四六時中一緒にいられるんですもの……」

 

「深雪さんは達也兄さんの妹なんだし、一緒にいても不思議ではないと思うけど……四六時中って、姉さん……何を考えてるのさ?」

 

「もちろん! おはようからお休みまで……」

 

「何処かで聞いた事のある言い回しだね……」

 

 

 黒服たちが出発の準備を終えるまで、姉弟は再従兄の事を考え続けていた。

 

「やっぱり達也兄さんが手を回してくれたおかげで、CADがより使いやすくなってたよ」

 

「ご当主様を介して、黒羽お抱えの調整技師に助言するなんて、達也さんも遠回しな事をしますわよね」

 

「仕方ないよ。どれだけご当主様が達也兄さんの事を気に入ってようが、どれだけ僕たちが達也兄さんを尊敬してようが、他の人は達也兄さんの言う事を聞こうとしないんだからさ……それがどれだけ正しくても、どれだけ立派な事でも、父さんたちは認めようとしない」

 

「文弥、貴方は本当に達也さんの事が好きなのね」

 

「べ、別に変な意味じゃないからね!」

 

 

 真面目に語っていた文弥だったが、からかうように亜夜子が放った言葉に慌てふためく。亜夜子が欲しかった反応を見せた文弥は、一つ咳払いをして話題を戻した。

 

「とにかく、今度お礼と報告を兼ねて達也兄さんの家を訪ねてみようと思うんだけど」

 

「そうですね。ご当主様直々に訪ねるのは目立ちますし、私たちならそれ程目立たないでしょうしね」

 

「姉さん、顔が緩んでるよ」

 

 

 どれだけ理屈をこねようが、亜夜子は達也に会うのが楽しみでしょうがないのだ。亜夜子の顔の緩みを指摘した文弥も、実は内心ではかなり亜夜子に近い気持ちだったのだ。

 

「若! じゃなかった、お嬢様! 出発の用意、出来ました」

 

「分かった。じゃあ姉さん、そろそろ撤収しようか」

 

「そうね。結界ももういらないわね」

 

 

 遮音フィールドを解除し、黒羽亜夜子、文弥姉弟は闇夜に消えて行った。

 

「ところで文弥、今度達也さんにその変装を見てもらったら?」

 

「嫌だよ! 絶対に達也兄さんには見られたくない!」

 

 

 そんな言葉が誰もいない公園に響き渡ったのだった。




黒羽姉弟は達也信者ですからね……

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