西暦二〇九六年四月六日、新年度の初日。達也と深雪は水波を自宅に残して登校した。兄妹二人きりの登下校は今日と明日の二日で終わる。それを意識しての事か、駅から学校までの短い通学路を深雪はいつもよりもっと、達也に密着していた。
元々人数の多いとは言えない魔法科高校生徒内で、この二人はすっかり有名人になっている。さすがに声を掛けてくる猛者はいなかったが、二人の関係を知って呆れたような目を向けてくる者は少なくなかった。もっともそんなものを気に病む深雪では無かった。
面と向かって声を上げる事も出来ない相手は、彼女にとって有象無象でしかない。ただでさえ視線を集める事が多い、というか見られていない時間の方がむしろ少ないくらいだ。深雪にとって他人の視線は一々気にしていてはきりが無いのだ。
一方で達也は妹のように「他人の視線を気にしない」というわけにはいかない。彼は深雪の護衛役なので、深雪に向けられた悪意を見過ごす訳にはいかないのだ。だから達也がそれに気付いたのは、決して偶然では無かった。
強い意志を伴う、明確な敵意でも無い代わりに、好意的でも無い視線。深雪に向けられる眼差しとしては珍しい種類のものだった。しかもそれが異性の、少年のものとなれば尚更だ。
「(あれは確か、七宝家の長男)」
無意識に眉を顰めてしまいそうになったが、達也は意識して表情の変化を差し止めた。
「お兄様?」
深雪が訝しげに声を掛けてきて、達也は「何でも無い」と首を振り、視線だけ七宝琢磨に戻した。が、既にその姿は無く、そのすぐ後に背後から声を掛けられた。
「オハヨ~」
エリカの挨拶に手を上げて応え、その後にレオ、ほのか、雫、美月、幹比古が次々と合流してきた。
「幹比古、一科生の制服の着心地はどうだ?」
「からかわないでよ、達也。達也の方こそ、真新しいブレザーの着心地はどうだい?」
「新しいといっても今のところは看板だけだからな」
進級に伴い、幹比古は一科生に、達也と美月は魔法工学科へと転科した為、この三人は去年までとは違う制服を身に着けている。
「なんだよ、冷めてるなぁ」
「ホ~ント。美月なんか頬が緩みっぱなしだっていうのに」
「ゆ……緩んでなんかないよ!」
美月がムキになって講義する。彼女としては二科生のままの友人たちに気を遣っていたつもりなのだが、その顔はエリカが指摘した通り嬉しさを隠しきれてなかった。
「無理しなくていいのに」
そしてエリカの浮かべている人の悪い笑みを見る限り、美月の気配りは無用な気遣いに違いなかった。
魔法工学科の教室は本校舎三階の中央階段横にあった。クラスはE組。つまり達也と美月にとっては先月まで通っていた教室の真上という事になる。ちなみにエリカとレオは同じF組。校内無線で通知された所属HRの情報を交換してその事実を知った時、二人は盛大に嫌そうな顔をして見せていた。
達也が教室に入った時、席は約半数が埋まっていた。達也は自分の席へ向かった。廊下側一列目、前から二番目。隣の席は昨年度に引き続いて美月。五十音順で「シバ」と「シバタ」だから意外でも不思議でも無い。
「美月は今年も達也君のお隣かぁ。あたしもクラス替えを志望すれば良かったかな」
「必要無いだろ。隣のクラスなんだし」
「そうだな。クラスが別でも不都合は無い。他のクラスは立ち入り禁止、というわけでもないからな」
「授業を別のクラスで受けると言うだけですものね」
美月が達也のセリフにすぐさま同調してみせたのは、多分にエリカを牽制する意図が有ってのことと思われる。もっとも、奔放に見えてエリカが授業をエスケープした事は殆どなく、むしろ達也の方が授業中に教室を抜け出した回数は遥かに多いのだ。
「それもそうね。それにしても……見覚えない顔が結構いるね」
エリカは美月の言葉にあっさり頷いた後、思考を切り変えて教室の中を見回しながらそう呟いた。表向き社交的なエリカは、同学年の二科生一〇〇人の顔と名前を殆ど記憶している。つまり、彼女が言う「見覚えの無い顔」は、元一科生という事だ。
「仕方ないんじゃない? 司波君目当てで転科を希望した人が多かったって聞いたよ」
「そんなもんか?」
エリカの疑問に答えたのは、達也たちより先に教室にいた女子生徒だった。
「今年は同じクラスだね。去年は色々とゴメンなさい」
「気にするな。それよりも、平河先輩はもう大丈夫なのか?」
「お姉ちゃんはちゃんと魔法大学に進学出来たよ。これも司波君がお姉ちゃんに親身になってくれたおかげだって」
「俺は別に何も。それよりも、千秋も転科を希望したのか」
「私も魔工技師志望だから」
去年の九校戦で自信喪失をし、論文コンペの代表を辞退した平河小春の妹、平河千秋もこのクラスに在籍してた。
「達也君、随分とこの子と仲良くなってるのね」
「ん? 誤解を解いただけだ。後はCADの調整方法を教えたり、座学の課題で分からなかった箇所を教えたくらいだぞ」
「大変お世話になりました」
千秋は、魔法工学の筆記試験では達也に次ぐ二位の成績だが、他の座学の成績は芳しく無かった。だから小春を通じて親しくなった達也に、一年度の学年末試験の勉強を手伝ってもらえないか打診していたのだ。
さすがに平河家に通う事は出来なかったが、通信端末を駆使して、千秋は達也の解説を受け、無事こうして進級したのだった。
「へー。達也君ってあたしたちだけじゃ無く、平河さんにも勉強を教えてたんだ」
「てか、達也に教わらなきゃ分からないのは俺たちだけじゃ無かったんだな」
「仕方ないですよ。達也さんの説明が無きゃ、私たちには理解出来ない事が多いんですから」
「……せめて理解する努力をしてから俺に聞きに来いよな」
達也がそう呟くと、四人は揃って視線を逸らしたのだった。
本格的に十三束が登場しますね