劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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二科生じゃないから、クラス担当の教師が付きます


魔工科クラスの担任

 予鈴がなった為に、エイミィが賑やかな足音を立てて、エリカとレオが達也たちに手を上げてE組の教室を後にした。この後生徒を集めて始業式、などというイベントは無い。伝達事項は自己責任で確認しろ、というのが学校側のスタンスだ。

 このクラスでは今から実技指導の教師が姿を見せる段取りになっている。当日まで名前も公表しないとは随分もったいぶった真似をする、と考えている生徒は二年E組の過半数を超えていたが、達也はそう考えない少数派に属していた。

 

「遅いね、先生」

 

「そろそろ来るだろ。廊下に気配があるから」

 

「そんな事分かるんだ。凄いね、司波君は」

 

 

 後ろの席の十三束とそんな事を話ながら、達也は捉えた気配に違和感を覚えていた。なぜなら――

 

「えっ、外国人?」

 

 

 クラスメイトの誰かが声を漏らしたように、達也が捉えた気配は日本人のものでは無かったのだ。髪は銀色、瞳は青色、肌の色は白。高い身長と高い腰の位置、その他の身体的特徴から見ても、その女性は明らかに北方系白人種だった。

 

「ジェニファー・スミスです。出身はUSNAのボストンですが、十八年前に帰化しました。昨年度まで魔法大学の講師をしていましたが、今年度から本校で魔法工学の授業とこのクラスの指導を受け持つ事になりました。よろしくお願いします」

 

「(立場的には廿楽先生と同じか)」

 

 

 廿楽の場合は自由過ぎる気質が災いしたという背景があったが、彼女にはどんな事情があるのだろうか――と、達也は彼女が問題児である事を前提とするいささか失礼な決め付けと共に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時限目こそ履修科目の登録に当てられたが、二時限目からいきなり通常通りのカリキュラムが始まって、今は昼休み。達也は生徒会室に来ていた。

 彼は今日から生徒会副会長。達也が風紀委員会から生徒会へ移籍させるというあずさと花音の密約が、達也の意思を無視して履行された結果だ。そして今、生徒会室には生徒会推薦枠で風紀委員に入った幹比古、同じく部活連推薦枠の雫、そして風紀委員長の花音と生徒会メンバーの八人が揃っていた。

 八人もいれば会議用のテーブルも手狭だ、という理由で、花音は先ほどから五十里にピッタリくっついている。そして達也には――

 

「お兄様、食後のお茶をお持ちします」

 

「いえ、私が!」

 

「達也さん、私が持ってくる」

 

「マスターのお世話は私の仕事です」

 

 

――四人の少女が達也の世話を焼こうとしていた。

 最後の一人、ピクシーは元々ロボット研究部に貸与されていたものだが、様々な事情により――なによりピクシー本人の希望によって、今日から達也が生徒会で使用する事になったのだった。

 色々な思惑が交錯したが、昼休みも半ば近くになると、間近に迫った入学式に皆の興味が移って行った。

 

「今日の放課後もリハーサルなんですか?」

 

「リハーサルというより打ち合わせですね。答辞のリハーサルは春休み中と式直前の二回だけです。それも段取りを練習するだけで、実際に原稿を読み上げたりはしませんよ」

 

 

 入学式の準備にタッチしていない幹比古が上級生の耳を意識して丁寧に訊ねると、男子生徒に対してデフォルトの丁寧な口調で深雪が答えた。

 

「去年も?」

 

「ええ」

 

「えっ、そうなの? とてもそうは見えなかった。あたしたちの時はかなりひど……苦戦してたから、リハーサルを多めにやる事にしたのかと思ってた」

 

「どうせ酷かったですよ……」

 

 

 失言を言い終える寸前で修正した花音だったが、どうやら手遅れだった模様。一昨年の新入生代表を務めたあずさが激しく落ち込んだ顔でいじけてしまう。

 

「ま、まあ中条さんは緊張してたんだよ。別におかしなことじゃないって」

 

「もちろん、あがらなかった深雪がおかしいという事でも無いからな」

 

「まあ、お兄様ったら。私だって緊張していたのですよ」

 

 

 混沌とした空気は、幹比古のわざとらしい咳払いで元に戻った。その顔に多大な努力の跡を刻みこむ幹比古へ、達也が何事も無かったような声で話しかけた。

 

「実は俺も深雪も、まだ今年の新入生総代に直接会った事が無いんだ」

 

「新入生側の準備は学校側の主導で行われているからね。生徒の自治を尊重するといっても、多くの来賓を迎える公式行事は別なんだろうね。在校生側の準備は生徒会が中心になって行うんだけど」

 

「新入生はまだ当校の生徒ではない……という事でしょうか?」

 

「いや幹比古、それは穿ち過ぎだろう」

 

 

 あまり深い意味は無いであろう幹比古の相槌に、達也が遠慮の無いツッコミを入れた。そんな二人の気が置けない関係を見る五十里の目が何となく羨ましそうに見えるのは、はたして錯覚だろうか。

 

「本当の理由は分からないね。僕たちには推測する事しか出来ない。中条さんは顔を合わせているんだよね?」

 

 

 五十里が話題を変えると、すかさず花音が興味を示した。自分に向けられる好奇心いっぱいの視線に、あずさは目を伏せて考え込んだ。

 

「七宝君ですか? そうですね……やる気がある子に見えましたよ」

 

「野心家って事ね」

 

 

 悪い先入観を与えたくなかったのだろう。当たり障りの無い言葉を選んだあずさだったが、身も蓋もない表現で言い換えた花音に曖昧な苦笑いを浮かべた。その表情を見る限り、あずさも実は花音と同意見であるようだった。

 

「ところで……雫? 何故俺の膝の上に」

 

「「「あぁっ!?」」」

 

「ダメ?」

 

「いや、別にダメだと言うつもりはないが……」

 

 

 どさくさにまぎれて達也の膝の上に座った雫が、上目遣いで達也に問いかけると、達也も強く出る事が出来なくなってしまった。左右には深雪とほのかが座っているので、雫が二人を出し抜くにはこうするしかなかったのだった。

 そんな光景を見て、幹比古とあずさは引きつった笑顔を浮かべ、花音は自分の事を棚上げして冷ややかな視線を達也たちに送っていたのだった。ちなみに五十里は、少し同情している風な視線を達也に送っていた。




真夜さんと、同年代なのかな……

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