劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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思い違いも甚だしい……


七宝琢磨の勘違い

 今日はリハーサルの類では無く、既に今っている段取りを徹底するだけだったので短時間で済んだ。あの雰囲気がもっと長い時間続いていたら、入学式の成否が懸念されるところだった。新入生総代を生徒会に勧誘するという伝統を考慮すれば、既に今年度の生徒会活動への悪影響が案じられるレベルだが。

 

「しかし、いきなりにらみ合いになるとは思わなかった。七宝家の長男は、どうやら好戦的な気性のようだな」

 

 

 自分の取った態度は間違っていない、と深雪は思っている。ただ、いくら正当な理由があったからとはいえ、生徒会という高校生にとってオフィシャルな場で雰囲気を悪化させる真似をしたのも事実。多少のお小言はあるだろうと覚悟していた深雪だったが、まるで咎めようとしない兄にやや肩すかしの感を抱いていた。

 

「お兄様に対する彼の態度は、ただ不遜であるという種類のものでは無かった様に思います。もっとベクトルのはっきりした、敵対的な意志を秘めていたように感じられました」

 

 

 今、冷静に振り返ってみると琢磨の態度は去年の入学式直前に見せたクラスメイトのものとは少し違うように思える。取るに足らない格下と侮るのではなく、敵に対して精神的優位に立つ為に無理矢理自分の方が格上だと思い込む……そんな余裕の無さが見え隠れしていたように深雪は思い直した。

 

「そうだな。彼は俺たちを警戒していた」

 

「理由は分かりませんが、あまり軽く考えない方が良いように思われます。去年のような事が無いとも限りませんので」

 

 

 深雪が言っているのは去年の入学式直後に起こった国際テロ組織「ブランシュ」が引き起こした事件の事だ。一高内にテロリストが侵入するという非常事態に発展したあの事件に彼ら兄妹が深く関わることとなったきっかけは、達也に対する紗耶香の勧誘だった。最初達也はそれを「部活の勧誘かそこら」と軽く考えていたのだ。

 

「去年? ああ、そういう事にはならないだろう。仮にも彼は二十八家の人間だ。俺も七宝琢磨の為人を知っているわけではないが……七草家への対抗心から、七宝家は師補十八家の中でもとりわけ十師族の地位に執着が強いと言われている」

 

 

 二十八家というのは十師族、師補十八家を合わせた二十八の家系の事で、普通に使われる言い方ではない。ただ十師族及び師補十八家、まさしくその二十八の家では魔法技術開発研究所を共有している出自として持つ自分たちを一括りで表現する用語として使用される言葉だった。

 七草家と七宝家の確執については深雪も知っていたが、十師族の地位に対して云々は初耳だったのだろう。達也の話に興味深げな表情を浮かべている。

 

「ただでさえ俺たちの年頃の男は、自分の力を認めさせたいという自己顕示欲が強いからね」

 

「まぁ、お兄様もですか?」

 

「まぁな。俺にも人並みにそういった欲はある」

 

 

 からかい気味に訊いてきた妹に、達也は苦笑いをしながらそう答えた。

 

「七宝君はその種の自己顕示欲が人一倍強いようだ。自分が十師族に相応しい力を持っていると示したいんだろう。だから自分の邪魔になりそうな相手には攻撃的な態度を取ってしまうのではないかな」

 

「私たちは別に、七宝君を邪魔などしておりませんが?」

 

「周りから認められたいヤツにとっては、既に認められている人間が邪魔なんだよ」

 

 

 苦笑いしたまま告げられた達也の言葉に、深雪は大きく頷いた。

 

「なるほど。つまり七宝君はお兄様の名声を妬んでいるのですね」

 

「いや、嫉妬を向けられている、というかライバル認定されているのは深雪、多分お前だ」

 

「私が。ですか?」

 

 

 お兄様を差し置いて私など、と目で主張している深雪に、達也は何度か頭を振った。

 

「彼は今年度の新入生総代、お前は昨年度の新入生総代。それだけでライバル視される理由になる。加えて九校戦の大活躍だ。俺は深雪の付属物として敵視されているんじゃないか」

 

「そんな……! お兄様は深雪の付属物などではありません!」

 

「いや、そんなに興奮しなくても……七宝君から見れば、という仮定の話なんだから」

 

「その様なとんでもない仮定は受け容れられません」

 

「受け容れられないって言われてもなぁ」

 

「私の方こそがお兄様の……いえ、百歩譲ってお兄様は私の大切なパートナーです」

 

 

 少し恥ずかしそうに口ごもった部分は「お兄様のもの」と聞こえたが、達也は気にしない事にした。言いなおした方も、達也には大胆というか結構恥ずかしいフレーズに思えたが、こちらもそのまま聞き流した。

 

「もう一つ考えられるのは、俺たちが十師族の関係者だと知って敵視している可能性だ」

 

 

 何気ない口調のこの指摘には、ふわふわと舞い上がりかけていた深雪の意思を地上に引き戻す重みがあった。

 

「私たちを四葉の関係者だと? それはさすがに考え過ぎではありませんか、お兄様」

 

「そうだな。彼に――いや、七宝家に四葉の情報統制を突破する力があるとも思えないが……七宝君の目にはそれくらい強い思い込みが宿っていた気がする」

 

 

 達也が想い浮かべたのは、生徒会室で深雪とにらみ合っていた眼ではなく、通学路で深雪に注がれていた眼差し。それは深雪の知らない七宝琢磨で、だから彼女には兄の言う事が今一つピンと来ない。それでも深雪は、兄の懸念を心に留めた。

 

「そうですか……相手は二十八家の一つ、注意はしておいた方が良いかもしれませんね」

 

 

 十師族絡みで敵愾心を向けられている、というところまでは正解だったが、四葉との関係を疑われているというのは全くの勘違いだった。七草家との関係を疑われている、が正解だったが、その可能性には達也も深雪も思い至らなかった。真由美と親しくしていても、四葉と七草の微妙な関係を忘れた事が無い二人にとって、七草家の一派と見られているなどと、思いもよらない事だったのだ。

 

「とりあえず、七宝琢磨には注意しておいた方が良いな」

 

「分かりました。お兄様がそう仰られるのでしたら、深雪はそれに従います」

 

 

 兄に向けるような空気では無いものを纏っている妹を、達也は心配そうに見詰めていたのだった。




次回七草妹が登場予定

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