香澄が発動しかけていた魔法式を、達也は術式解体で吹き飛ばし、その後に残った香澄本体をなんなく受け止めた。
「あ、あれ? 何で魔法が……」
「香澄ちゃん……なんてうらやま――じゃなくって! 達也君、大丈夫?」
「ええ、これくらいなら問題ありません」
正面から受け止める、のではなく少し身体を開いて勢いを殺し、横抱きに香澄を抱きとめたのだ。即ち、今香澄は達也にお姫様だっこをされているわけで――
「うわぁ!? 下ろして!」
――当然、このような反応をしてしまうのだ。
いくら自分の行動が招いた結果とはいえ、あまり面識の無い異性に抱き上げられているのだ。慌ててしまっても仕方ないだろう。
「下ろすのは良いが、君が抱きついているんだろ?」
「え? ……本当だ、すみませんでした」
達也に抱きついてたと自覚した香澄は、腕に込めていた力を抜いて着地に備えた。それを身体で感じた達也は、ゆっくりと香澄を地面に下ろした。
「香澄ちゃん、何やってるんです?」
「あっ、泉美……ちょっと早とちりでさ……」
「相変わらずおっちょこちょいですね、香澄ちゃんは」
「早とちりやおっちょこちょいで済む問題じゃありません!」
「ふにゃ!? 何するのさ、お姉ちゃん!」
双子の間では笑い話で済みそうだったが、姉にとっては笑い話では済まなかったのだ。
「自衛目的以外で魔法を発動させるのは、校則違反以前に犯罪だって教えてるでしょ! それを入学初日から……『校内を自由に見学したいから』と言われたから先に来たけど、もしかして別の場所でも魔法を使ったんじゃないでしょうね!?」
「つ、使って無いよ! それに、発動する前にかき消されちゃったし……」
「それは相手が達也君だからです!」
真由美は、達也が術式解体を使えるのを知っている。そして生徒会役員の特権として、彼がCADを携帯している事も。
「たつや……術式解体……もしかして、司波達也っ!?」
「先輩、でしょ! 初対面の相手に呼び捨てなんて、香澄ちゃん、貴女には再教育が必要な様ね」
「ちょっ!? お姉ちゃん、何でそんなに怒ってるのさー!」
真由美と香澄が騒いでいる横で、新たに現れた少女が達也に頭を下げた。
「姉二人が申し訳ありませんでした、司波先輩」
「いや、七草先輩は割と何時も通りだ」
「そうなんですか?」
「ところで、君たちは新入生だろ? そろそろ講堂に行かないと、横並びで座れる場所が無くなるぞ」
別に入学式は席が決まっているわけでは無いので、自由に座る事が出来るのだが、この双子が離れて座る事は無いだろうと達也は確信していたのだった。
「そうですわね。香澄ちゃん、そろそろ行きましょう」
「そ、そうだね! お姉ちゃん、そう言うわけだから」
「ふっー……分かったわ、家に帰ったら覚えてなさい」
そんな姉たちのやり取りを、泉美は呆れた表情で眺めていたのだった。
「では七草先輩、そして妹さんたちも。俺は見回りに戻りますので」
急いで真由美たちから離れた達也は、念話でピクシーにあの場所で起きた出来事から魔法の反応を消すように指示した。元々は「電子の魔女」である響子から達也が教わった技術だが、ピクシーの「達也の役に立ちたい一心」でこの度目出度く修得したのだった。
新入生の誘導といっても入学式の会場である講堂の場所が分かりにくいという事も無いし、LPS機能が備わった端末を持っていれば迷子になるという事も無い。端末を持ってなくて場所が分からなかった去年のエリカのようなケースは例外だ。達也たちの仕事は場所が分からなくなった新入生の案内ではなく、時間に遅れそうな新入生に対する注意喚起がメインとなる。
「あの、すみません、先輩。講堂はどちらでしょうか」
「案内しよう、ついて来なさい」
「ありがとうございます。あの、僕は隅守賢人です」
「スミス?」
少年の容姿から、指導教師のスミス女史に似ていると感じていた達也は、少年の苗字を聞いて少し驚いてしまった。だが「スミス」というのは英語圏で最もありふれた姓の一つ。偶然か、と達也は思い直した。
「あっ、はい、隅っこの『隅』に守備攻撃の『守』と書いて『すみす』と読みます。両親は僕が生まれる前にステイツから帰化したんです。その時、Smithに隅守という字を当てて……変な名前ですよね?」
どうやらケント少年は、別の意味で不思議がられたと受け取ったようだ。
「いや、少しも変だとは思わないが。ところで、隅守君の携帯端末にはLPS機能が付いていないのか?」
「あっ、僕の事はケントと呼んでください。それで、LPSは……付いているには付いているんですけど……僕、仮想型の端末しか持ってなくて、今日は父さんが昔使っていた情報端末を借りてきたんですけど……LPSの規格が合わなくて」
「貸してごらん」
達也は反射的に差し出されたケントの端末を受け取って処理能力と空き容量を確認した。
「GPSを使った校内地図をインストールしておいた。LPSアプリに比べて精度は落ちるが、案内図の代わりくらいにはなる」
「ありがとうございます!」
「もちろん、端末を買い換えた方が良い。所詮は応急処置だ」
「あ、あの、先輩は、司波達也先輩ですよね!?」
「ああ、そうだが、俺を知っているのか?」
「はい! 去年の九校戦のご活躍を拝見しました! 見事な戦術! 天才的な調整! 僕、先輩がいるから第一高校を選んだんです! 去年の九校戦を見るまでは四高に進学するつもりでした。僕、実技が苦手ですから。でも先輩のスーパーテクニックを拝見して、絶対先輩と同じ学校に行くんだって決めたんです! 今はご覧の通り二科生ですけど、来年は先輩と同じ工学科に進めるよう頑張ります!」
熱く語るケントの言葉を、達也は他人事のように聞いていた。
「……そうだな、頑張れ。その熱意があれば大丈夫だろう」
「ありがとうございます!」
やや方向性は異なるが、ほのかの男子生徒版というところだろうか。子犬のような目で熱心に自分を見詰めるケントの視線を、達也は少々持て余していた。
ケントって殆ど出て来ないような……