劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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危ない薬でもやってるのではないだろうか……


七草姉妹のトリップ

 入学式はアクシデントも無く予定通り終了した。琢磨の答辞も特に問題無く終了。去年のように会場全ての目を釘付けにするということもなく、一昨年のように在校生ばかりか新入生までがハラハラしながら見守るという事も無い、無難な答辞だった。

 その後は恒例の生徒会勧誘だ。新入生総代=主席入学者に生徒会の話をするのは、入学式が終わってからという不文律がある。入学式が終わるまでは生徒では無いという理由だ。形式主義的すぎる感もあるが、今までそれで不都合が生じた事は無い。去年のように一波乱あっても、勧誘に失敗した事はこれまで無かった。

 気持ち的には、琢磨を誘う事に躊躇っていたあずさだが、勧誘するのは決まりだという概念から琢磨を生徒会に勧誘した。だが――

 

「申し訳ありませんが、辞退させていただきます」

 

 

――あずさの勧誘に対する答えはこれだった。

 

「……理由を聞かせてもらってもいいですか?」

 

「自分を鍛えることに専念したいんです」

 

 

 思いもよらない拒否に石化してしまったあずさの代わりに、一人だけ勧誘に同行していた五十里が琢磨に訊ねると、琢磨は五十里の目を正面から見返しながら答えた。

 

「俺は、十師族に負けないくらい、魔法師として強くなりたい。それが俺の目標です。だから課外活動は生徒会で組織運営を学ぶより、部活を頑張りたいと思います」

 

「そうですか……」

 

 

 淀みない回答はあらかじめ用意してあったものだろう。つまり、それだけ決意は固いということだ。説得は難しい、と五十里は思った。そして、気落ちした気配が漂うその声の主は、五十里ではなくあずさだった。

 元々あまり乗り気では無かったので、硬直から脱するのもそれほど時間が掛からなかったのだろう、と隣で見ていた五十里にはそう感じられた。

 

「仕方ありませんね。無理強いも出来ませんし。私たちとしては残念ですけど、七宝くんがそう決めているのであれば。部活、頑張ってください」

 

 

 諦めの好過ぎる態度は、琢磨にとって予想外のものだった。だがここでグズグズしていると、生徒会役員に未練があるとも思われかねない。あるいは引き留められるのを当てにして、もったいぶっていたと受け取られる恐れもある。琢磨はそう思った。

 

「すみません、失礼します」

 

 

 おそらく「考え過ぎ」の可能性が最も高い思考に急きたてられて、琢磨はあずさの前から足早に立ち去った。

 

「さて、どうしましょう……」

 

「次席の七草さんを勧誘しようか……」

 

 

 あずさも五十里も、気持ち的には琢磨を勧誘するのには否定的だったが、まさか断られるとは思っていなかった。だからなのか、二人とも気落ちした空気を纏っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 政治家の先生に付きまとわれていた深雪たちだったが、真由美が登場してくれたおかげでその政治家は退散を決め込んだ。

 

「深雪さん、大丈夫?」

 

「はい。七草先輩、ありがとうございます」

 

 

 朗らかな笑顔で話しかけてきた真由美に、深雪は控えめな笑みで答えた。深雪は教職員の耳目を気にしてこのような態度を取っているのではなく、特に意識せず習慣としてつけ込まれる事がないように振る舞っているだけだ。達也さえ絡まなければ、彼女の猫の皮はポリパラフェニレンテレフタルアミドで織った防刃シート並みに強固なのである。大抵の人間にとって、深雪の抑制された感情表現はしとやかでたおやかで清楚な大和撫子の理想を体現したものに見えたに違いない。

 

「泉美ちゃん?」

 

 

 少なくとも、泉美にはそう見えた。深雪に目と意識を奪われボウッとしていた泉美は、となりの香澄に肘でつつかれて漸く真由美から話し掛けられているのに気づく程に……

 

「泉美、泉美ってば」

 

「はい?」

 

「はい、じゃないでしょう。深雪さんにちゃんとごあいさつして」

 

 

 姉の言葉が意識に浸透して、泉美は慌てて目を正面に向けた。彼女の視線の先では、深雪が少し困った顔で、それでも優しく微笑んでいた。

 

「(女神様みたい……) 七草泉美です。あの、深雪先輩とお呼びしてもよろしいですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 

 泉美の目は熱に浮かされたように潤んでおり、声も少しかすれている。いきなりどうしたのか、と真由美や香澄が不安を覚える変調ぶりだったが、深雪は優しい笑みを崩さず頷いた。

 

「深雪先輩、九校戦のご活躍、拝見しました。とても素敵でした」

 

「ありがとう」

 

「ですが、こうして直にお目にかかると、応援席から拝見してたより何倍も……おきれいです」

 

「そ、そうかしら?」

 

 

 泉美の熱い眼差しに、上級生の余裕で受け止めていた深雪だが、熱っぽい視線に崇拝を通り越した狂気が混ざり始めるに至り、さすがに引き気味となっていた。

 

「深雪先輩……私のお姉さまになっていただけませんか」

 

「お姉さま!?」

 

「ちょっと泉美ちゃん、落ち着いて! 貴女のお姉ちゃんはこの私よ!」

 

「七草さんが深雪お姉さまの妹になるのは無理だと思われます」

 

「水波ちゃん?」

 

「達也兄さまの妹になる事は可能ですが。七草さんのお姉さまが達也兄さまとご結婚なされれば、七草さんは達也兄さまの義理の妹という事になります。この場合、達也兄さまの実の妹である深雪姉さまと、義理の妹である七草さんは姉妹と呼べるのでしょうか?」

 

「お兄様!?」

 

 

 水波は泉美に対する補足説明を終えた後、クルリと背後を振り返り達也に問いかける。

 

「戸籍上は義姉妹という事になるんじゃないか?」

 

「それって、達也君は私と結婚しても良いって事?」

 

「……何故そう思われたのか、理由をお聞かせ願えますか」

 

「そうだよ! お姉ちゃんが司波先輩のお嫁さんになるのは反対! 泉美ちゃんのお姉ちゃんで良いなら、ボクだって……」

 

「香澄ちゃん?」

 

「な、何でも無い! とにかく、泉美はさっさと現実に復帰しろ!」

 

 

 姉に怖い視線を向けられそうになり、香澄は即座に話題を逸らす事にした。話題を振った水波が不機嫌そうな顔をしているのには、達也以外誰も気がつかなかったのだった。




香澄が何を言おうとしたのかは、お分かりですよね?

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