劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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やりたかった事が漸く……


あずさと服部

 達也たちが帰った後も、あずさは一人で閉門時間間際まで生徒会室に残っていた。生徒会は入学式が終わっても新年度の仕事が山積みだ。生徒会長のあずさがこの時間まで残っているのも不思議ではない。不思議といえばむしろ、他の生徒会メンバーを先に帰した事の方が不思議だった。

 ではあずさが一人で五人分の仕事を処理していたかというと、そんな事も無かった。彼女はさっきから今月の予定表をボンヤリと眺めているだけだった。時折深いため息を吐いて慌てて首を振り、その時だけは気合いの入った顔で端末に向かうも、すぐにボンヤリとモニターを眺めるだけの時間に逆戻りする。さっきからずっと、この繰り返しだ。

 もう何十度目か分からないため息の後、ついに変化が訪れた。来訪者の到来を電子音とディスプレイのメッセージが同時に告げたのだ。画面のカメラに切り替えると、服部の姿が映っていた。

 

「邪魔するぞ、中条……なんだ、お前一人か?」

 

「あっ、うん。ちょっと一人で考え事したかったから」

 

 

 そう言いながらあずさは律儀に立ちあがって服部に席を勧める。これまた律儀に礼を言って、服部が勧められた椅子に腰を下ろした。

 

「服部くんのIDなら、わたしが鍵を開けなくてもそのまま入って来られるのに」

 

 

 砕けた口調でそう言いながらお茶を淹れようとするあずさを、服部は手振りで制した。

 

「俺はもう生徒会の役員じゃないからな。けじめはつけるべきだ」

 

「服部くんらしいね」

 

 

 少し意外な気もするが、服部はあずさが丁寧語を使わず普通に会話出来る数少ない男子生徒の一人だ。

 

「それで、なに?」

 

「今年の新入生総代の事だ」

 

「七宝くんのこと……?」

 

 

 無理に笑みを浮かべたあずさの顔を見て、服部は「しまった」と思ったのだが、残念ながら後の祭り。それに、ここで話を止めてしまうという選択肢は、服部の流儀に存在しない。

 

「ああ……七宝は生徒会の勧誘を断ったそうだな」

 

「うん。部活で自分を鍛えたいんだって」

 

「そうらしいな。それで、中条にはあらかじめ説明しておこうと思って」

 

 

 服部のこういう融通の利かない過剰に真面目なところは、あずさもよく知っている。服部も気を使いすぎるのはかえって失礼だと考えて、口ごもったりはしなかった。この二人の関係は、意外とお似合いなのかもしれない。

 

「えっ、何を?」

 

「今年から部活連も生徒会にならって、新入生の内から幹部候補を育成する事にしたんだ。十文字先輩の後を引き継いで、その必要性が良く分かった」

 

「十文字先輩みたいな人は例外中の例外だよ。服部くんは良くやっていると思うけど……」

 

「あの人が例外だという事は、俺もよく分かっているつもりだ。だからこそ、早いうちからリーダーを育てておく必要がある」

 

 

 ここまで聞いて、服部が何を言いに来たのか、あずさには見当ついた。

 

「七宝くんをその幹部候補に取り立てるんだね?」

 

「ああ。結果的に生徒会から横取りするような形になってしまうが……」

 

「こっちが断られた後なんだから、横取りなんて思わないよ」

 

「そうか、助かる」

 

「気にしなくて良いって。七宝くんには最初から断られそうな気がしてたし……そうだ! せっかくだから服部くんの意見を聞かせてもらおうかな」

 

「意見? 何についての意見だ?」

 

 

 服部の問いにすぐに答えず、あずさは手元のモニターに表示されているデータを壁面の大型ディスプレイに映し出した。

 

「新入生のデータか?」

 

「七宝くんには逃げられちゃったけど、生徒会に新入生を誰も入れないというのはやっぱりまずいと思うの」

 

「その代わりに誰を勧誘するか、悩んでいたということか?」

 

「うん、そう。なんかどの子も優秀な気がしてね……」

 

 

 あずさは途方に暮れた顔でそういったが、服部はそれをバッサリ切り捨てた。

 

「難しく考える必要は無いのではないか? 主席を勧誘して断られたのなら、次席を選べば良い。今年の次席は……」

 

 

 しかし生徒の名前を入試成績順に並べ替え、服部は引きつった顔で言葉を途切れさせた。

 

「やっぱり七草先輩の妹さんが良いのかな……服部くん、どうしたの? 顔色が悪いよ?」

 

「いや、何でもない。そうだな、俺もそれがベストだと思う」

 

「勧誘には深雪さんたちにも付き添ってもらって……」

 

「中条、会長はお前なんだから、後輩に頼り切りというのはどうなんだ?」

 

 

 自分一人では勧誘出来ないと決めつけているあずさに服部が苦笑いを浮かべながら問いかける。

 

「でも……わたし一人じゃ出来ないだろうし、泉美さんは深雪さんに、香澄さんは司波君に興味がありそうな感じでしたし」

 

「そうなのか?」

 

「うん。直接確認したわけじゃないけど、入学式の後に談笑してるのを見たって聞いたよ」

 

「そうか……なら頼んでみるのもいいんじゃないか?」

 

 

 少し何かを考える素振りを見せた服部だったが、すぐに表情を改めてあずさの考えを肯定した。

 

「それじゃあ今度、七草先輩の妹さん二人を呼んで、生徒会に勧誘してみよっと」

 

「それが良いだろう。じゃあ、俺はそろそろ戻るぞ」

 

「うん。……あっ、さっき顔色が悪かったのはもう大丈夫なの?」

 

「あ、あぁ……大した問題ではない」

 

「そうなんだ。じゃあ、わたしもそろそろ帰るから、途中まで一緒に行こっか」

 

 

 あずさは大した意図は無く、同級生――どちらも自治組織の幹部だが――とおしゃべりをしながら校門まで向かうつもりだった。服部もあずさとの関係は同級生、あるいは生徒会長と部活連会頭という、幹部同士としか思っていない。だからあずさの申し出を断る理由もなく、二人は揃って生徒会室から廊下へと出た。

 

「それにしても、七宝くんは結構難しい性格してるよ?」

 

「そうらしいな。何でも顔合わせの時にやらかしたらしいな」

 

「あれ? 誰から聞いたの」

 

「千代田がそんな事を話してるのを聞いたと又聞きした」

 

「そうなんだよね。司波君相手に侮蔑の視線を向けて、深雪さんと光井さんを怒らせちゃったんだよね」

 

「あぁ、そういう事情だったのか」

 

 

 詳しい事情を聞いていなかった服部だったが、今の説明だけで納得出来た。それだけ、達也の事を想っている女子が多いと、服部も理解していたからだ。

 

「さて、俺はこっちだ」

 

「うん。またね、服部くん」

 

「ああ」

 

 

 分かれ道で服部に手を振り、あずさはそのまま昇降口に向かった。翌日、生徒会長と部活連会頭は付き合ってるのかと、下級生から聞かれ、あずさも服部も顔を真っ赤にして否定するのだが、かえって疑惑が深まるだけだったのだった。




何となく似合うかなと思って、ずっとやりたかった組み合わせが出来ました。

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