劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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そう思うのも分かる気がする……


司波家訪問

 西暦二〇九六年四月十四日、土曜日の夜。事実上達也たちの家は珍しい来客を迎えた。

 

「ここが達也兄さんの家? 平凡すぎない?」

 

「そう訊きたくなる気持ちも分からないではないけど、確かにここよ」

 

 

 亜夜子が持っている地図データは葉山から直接貰ったもの。偽物であるはずが無い。

 

『はい、どちら様でしょうか』

 

 

 呼び鈴を鳴らし返って来たのは姉弟が聞いた事の無い声だった。

 

「黒羽文弥と申します。司波達也さんはご在宅でしょうか」

 

『……どうぞお入りください』

 

 

 返事に少し間があったのは、達也の意向を確かめていたからだろう。事前に連絡せず不意に訪れたのだが、空振りにならなくてよさそうだと文弥は安堵したのだった。文弥が敷地内に足を踏み入れるより早く、玄関の扉が開き、中から現れた黒いワンピースに白いエプロン姿の少女が二人に向けて深々と一礼した。

 水波に案内されたリビングで姉弟を待っていたのは達也一人だけだった。

 

「文弥、亜夜子ちゃん、久しぶり」

 

 

 座ったまま挨拶した達也に気を悪くした様子も見せず、亜夜子は達也の正面に腰を下ろした。

 

「姉さん!」

 

「達也さん、ご無沙汰しております。本日は前以てお約束をいただきもせず、このような時間に非礼なる訪問、どうかお許しください」

 

「そんなこと気にする必要は無い。再従兄弟とはいえ親戚同士、しかも俺たちはお互いに高校生だ。同じ高校生の親戚を訪ねるのに、いちいち約束を取り付ける必要は無いよ」

 

「ご寛恕、ありがとうございます。……文弥さん、何をしているの? 貴方も早く達也さんにご挨拶しなさい」

 

 

 何とも人を食った言い種だが、文弥は基本的に真面目な質であり、自分に非があればそれを無視できない。

 

「文弥も座れ。そう堅くなられては話が出来ない」

 

「達也兄さん、お久しぶりです」

 

 

 文弥が簡単に頭を下げる。だがそれは達也に対して隔意があるとか達也を軽く見ているとかそういう理由に因るものではない。文弥は三ヶ月ぶりに会う尊敬する再従兄を前に緊張しているのだ。

 

「亜夜子さん、文弥君、いらっしゃい」

 

「深雪お姉さま、お邪魔しております」

 

 

 深雪と水波が同時にリビングに入ってきて、深雪が当たり前のように達也の隣に腰掛け挨拶をした。それに負けじと亜夜子もわざわざ立ちあがって丁寧に一礼した。姉の見せた対抗意識に、文弥は「頭が痛い」という顔で首を振る。達也はそんな二人を微笑ましげな目で見ていた。

 亜夜子が再び腰を下ろしたところで、水波がテーブルにお茶を並べる。

 

「すみません、こんな夜更けに……ですが、明日の午前中には浜松に戻らなければならないものですから」

 

「夜更けというほど遅い時間でもないさ。そういえばまだ言って無かったな。四高合格おめでとう」

 

「二人の実力なら当然でしょうけど。おめでとう、亜夜子さん、文弥君」

 

 

 高校合格の言葉を二人にかけ、達也は表情を改めた。

 

「ところで今日はどうして東京に? 関東方面の仕事は文弥の担当じゃなかったはずだが」

 

「実は、達也兄さんと深雪さんにお伝えする事がありまして」

 

 

 そう言って文弥は深雪の斜め後ろに控える水波にチラッと目を遣った。

 

「水波の事は気にしなくて良い。この子は桜井水波、深雪のガーディアンだ」

 

「えっ、でも深雪さんには」

 

「達也さん、深雪お姉さまのガーディアンをお辞めになるのですか?」

 

 

 いきなり飛躍した亜夜子の質問に、達也は笑って首を横に振った。

 

「いや、そういうことじゃないよ。叔母上にも色々と思われるところがあるのだろう」

 

「そういうことですか」

 

 

 亜夜子が水波を意味有りげに見詰めたが、水波は目を伏せたまま特に反応を見せなかった。

 

「分かりました。彼女が同席していても問題無いという事ですね。実は……現在国外の反魔法師勢力によりマスコミ工作が仕掛けられています」

 

「何処からだ?」

 

「USNAの『人間主義者』です」

 

 

 文弥の言葉を聞いて、深雪が「まあっ!」とばかり軽く目を見張ったの対し、達也の方には驚いている様子は見られない。少なくとも、外から見分けられる変化は無かった。

 文弥は長い説明を達也に向け話して、説明を終えて一旦お茶で喉を潤し、再び顔を上げると、達也が文弥に賞賛の眼差しを向けていた。

 

「文弥、良くそこまで調べ上げたな。大したものだ」

 

「あっ、いえ……ありがとうございます、兄さん」

 

「本当に文弥は達也さんの事が好きなのねぇ」

 

 

 長セリフを一切噛まなかった文弥が、達也の賞賛に対してしどろもどろに答える。これは別に文弥が異常性癖の持ち主とか言うわけでは無く、純粋にその賞賛が嬉しく、恥ずかしかっただけなのだ。だが、それと分かっていても弄りたくなるような雰囲気が、今の文弥にはあった。

 

「姉さん! 誤解されるような事を言わないで!」

 

「あら、誤解なの? 達也さんのこと、好きじゃないんだ」

 

「姉さんの言い方だと好きの意味が違うだろ!」

 

「んっ? どういう意味に聞こえるというのかしら」

 

「それは……」

 

 

 じゃれあう姉弟を見守る三人――達也、深雪、水波の思いは「姉弟仲が良い」という点では一致していたが、達也が苦笑気味に、深雪が微笑ましげに、水波が白けた顔で、と見せた表情はそれぞれ心情の違いが表れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がホテルに帰った後、達也は自室で文弥からもたらされた情報を頭の中で整理していた。

 

「七草弘一が九島烈に共謀を持ちかけている、か……」

 

 

 いくら文弥や亜夜子の諜報能力が高くても、七草弘一の尻尾は掴めないだろう、と達也は思っている。それくらい七草弘一は策を張り巡らせているのだ。

 

「叔母上に良いように使われてるような気がするが……これは魔法師全体の問題だからな、致し方ない……」

 

 

 四葉真夜の掌で良いように使われているのを自覚しながらも、今回は自分自身にも関係する事なので、達也は無理矢理納得したのだった。




亜夜子も文弥も達也大好きですからね……

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