国立魔法大学は、色々な点で魔法科高校より自由な空気がある。真由美はその事を半月で感じ取っていた。今日の真由美はAライン・パステルカラーのベアトップワンピースに七分袖のカーディガンを羽織ったスタイルだ。高校の制服より遥かに露出の多いファッションだが、彼女に非難めいた目を向ける者は学生にも職員にもいない。
彼女は今、呼び出しを受けてカフェテリアへ向かっているところだ。同じ魔法大学一年生の、男子学生からの呼び出し。それなのに彼女は緊張も興奮もしていなかった。なぜなら真由美を呼び出した相手は彼女がとてもよく知っている相手だったからだ。
「十文字くん、お待たせ」
「いや、俺も五分前に来たばかりだ。わざわざ悪いな、七草」
今来たところ、ではなく五分前。真由美は克人らしい物言いに小さく笑みを浮かべた。
「気にしないで。十文字くんが私を呼び出すなんて余程の用事なんでしょう? しかも、こんなに人目が多いところに」
自分が克人の花嫁候補と世間から噂されている事を真由美は知っている。二人の関係を表面的に見ればそれは決して的外れな想像では無く、むしろ魔法師の抱える諸事情を良く知っている者ほどそう考えるに違いない。
もちろん真由美は冗談で言っているのだが、彼女自身全く意識していないかと問われれば否定しきれない。克人に対する好悪の念は別にして、花婿候補となればたとえそれが二番手であっても単なる友人と考えるのは難しくなる。
「変に人気が無い場所で会うよりは良いと思ったのだが」
だからこういう一見「紳士的」、その実「朴念仁」な答えを返されると自分ばかり意識しているように思えて、釈然としないものを真由美は感じるのである。克人のファッションを見て、その種の意識を持っていない事が一目で分かるだけに尚更だ。
だが、そんな平和な事を考えていられるのは、克人が手元で広げているニュースの中身に気が付くまでだった。
「……嫌な話ね。一方は魔法師の権利を代弁しているように装ってるけど、本音は魔法師を社会から排斥したいって事じゃない。こういった偽善的な記事の方が質が悪いわ。そう思わない?」
克人は真由美の愚痴に答えず、ベルトのホルダーから携帯端末形態のCADを取り出して慣れた手つきで操作した。魔法大学の構内は高校のようにCADの携行が禁止されていると言う事は無い。魔法の使用制限も街中より緩い。研究室や実習室はブラックリスト方式で特に危険な魔法が禁止されているだけであり、研究や実習に関係ない一般エリアでもホワイトリスト方式で多くの魔法が使用を許されている。今、克人が構築した遮音フィールドも構内で許可されている魔法だ。
遮音フィールドの用途は言うまでも無く内緒話だが、真由美と克人の間に他聞を憚るプライベートは存在しない。克人の表情を見ても、冗談や世間話で済ませられる用事では無い事は明らかだった。
「そんなに重要な事?」
「今週の頭から、マスコミの反魔法師報道が増加している」
「それは私も感じていた」
真面目な顔で相槌を打った真由美の顔を克人がじっと見つめる。
「えーと、なに?」
「マスコミの論調が二つに分かれているのは、それぞれそのソースが違うからだ」
「背後に二つの勢力がいると言う事?」
「知っての通り、我が十文字家は情報収集があまり得意ではない。これから俺が言う事に確証は無い。だが全く根拠が無いわけでもない。怒らないで聞いてくれるか」
「良いわ。聞かせてちょうだい」
どうやら自分にとって愉快な話ではないと理解して、真由美は無意識に姿勢を正した。
「二つの論調の内、国防軍を非難している方を背後で煽っているのは、七草家である可能性が高い」
「なっ……!」
「他にも共謀者がいるのかもしれない。だが少なくとも七草家が大きな役割を果たしている」
「そんなはず無いわ! 確かに家の父は裏工作が好きな謀略家だし、何を考えているのか娘の私にも分からない所がある。でも、どんな理由があろうと十師族の役目を忘れるような人じゃないわ。日本魔法界に不利益をもたらすような真似をするはずが無い」
テーブルを叩いて真由美が立ち上がる。遮音フィールドで声は周りに聞こえなくても、この魔法は光を遮断するものではないから、真由美が勢いよく立ちあがった姿はカフェの注目を集めた。椅子から立ち上がった真由美の瞳は、克人を正面からしっかり見据えていた。克人の眼差しが持つ圧力を跳ね返す炎が彼女の瞳に宿っている。真由美の放つ熱量を受け止めて、克人は静かに言葉を返した。
「では、七草殿は日本魔法界の利益になると考えられたのだろう」
「馬鹿言わないで。彼らが言っている事は結局、魔法師なんていない方が良いということよ。誰が見たって表面的なものでしか無い魔法師の人権擁護に家の父が騙されてると思ってるの? いくら十文字くんでも聞き捨てならない侮辱よ、それは」
「そんな無礼なことを言うつもりは無い」
真由美に噛み付かれた克人の答えに、言い訳がましさはまるで無かった。彼の強い確信を感じさせる態度に、真由美の頭が少し冷える。
「魔法師排斥の意図を分かった上で、何か別の目的の為にやらせてると言いたいの?」
「それが何か、俺には分からん。分かっているのは、七草殿が一見、十師族を裏切るようなマスコミ工作をされているということだ」
真由美が一際強い眼差しを克人に向けた。だが克人の眼は、その視線に小揺るぎもしなかった。
「……良いわ、十文字くん、今晩何か予定ある?」
「いや」
「だったら家に来てくれないかしら。十文字くんの言う通りかどうか、父に直接訊いてみるから立ち会ってほしいのよ」
「分かった。そうしてくれると俺の方も助かる」
こうして、この場での内緒話は幕を下ろしたのだが、結論は夜まで持ち越しとなったのだった。
さすがは克人さんですね……