劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何ともハーレムじみている……


達也の誕生日

 恒星炉実験の実質的な準備期間は四月二十一日から二十四日までの四日間。論文コンペの準備装置を作り上げるのにかかった期間を考えると、時間の不足は絶望的にも思える。

 だが達也と深雪の二人だけは最初から状況を悲観してしなかった。五十里に言った通り、今回は構造物としてのエネルギー炉を作るわけではない。その仕組みを見せるだけなのだ。今回の実験は基本的に魔法の実演であって、論文コンペの時のように実際に作動する実験装置を組立ようというのではない。

 準備が着々と進みゴールがしっかりとした実像として見えてくるにつれて、実験に参加している他のメンバーの顔からも焦りの色が薄れて行った。不本意を装いながらも、そのくせ深雪に負けないくらいこの実験に対し真面目に取り組んでいる香澄の顔からも、クラスメイトとして参加した十三束や千秋の顔からも不安が消えて行き代わりに手応えのようなものが浮かび上がっていた。中にはただ憧憬の眼差しを達也に向け、手伝えるだけで嬉しいと全身で語る銀色の一年生、隅守賢人のような異分子も紛れ込んでいたが。

 そして四月二十四日、火曜日。本番前日の放課後、放射線実験室で最終リハーサルが行われた。耐圧性の高い透明な高強度耐熱樹脂で作られた球形の水槽に、重水五十パーセント、軽水五十パーセントの混合水を注入する。大量の重水を用意したのは廿楽だ。

 

「じゃあ始めよう。深雪」

 

「はい」

 

 

 最初の重力制御魔法が発動。

 

「香澄、泉美」

 

「第四態相転移、行きます」

 

 

 双子の姉妹が声を揃えて第四態相転移魔法を実行する。

 

「ほのか、水波」

 

「ガンマ線フィルター、有効です」

 

「中性子バリア、固定しました」

 

 

 彼女たちの申告のみに頼らず、達也は自分の「眼」で実験のステップがクリアされていくのを確認する。

 

「深雪」

 

「焦点を設定しました」

 

 

 達也がもう一度深雪の名を呼び、全ての準備が整った事を深雪が告げる。

 

「五十里先輩」

 

「電磁的斥力中和、スタート」

 

 

 そうして最後の安全弁が解除され、計器前に陣取るメンバーからチェックの声が飛び交う。その声を聞きながら、達也は己が夢の第一歩を冷静に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終リハーサルは順調に終了した。これが単なる実験ならば、今日で完了となる満足のいく結果が得られた。だが今回の実験は反魔法主義者に対するデモンストレーションとして行うものだ。本番は明日、メンバーは心に期すものを秘めて実験室を後にした。

 

「お帰り」

 

 

 生徒会室に戻って来た達也たちを出迎えたのは雫だ。彼女は生徒会役員では無いのだが、風紀委員長同様、直通階段を使って生徒会室に入り浸っている。

 

「待たせちゃってごめんなさいね、雫。助かったわ」

 

「特に何も無かったよ」

 

 

 労いの言葉を掛ける深雪に首を振り、異常が無かった事を言葉で告げて、雫は親友へ顔を向けた。

 

「ほのか、あれは?」

 

「うっ……」

 

 

 ほのかが怯んだ顔を見せ、それだけで答えが分かった雫は呆れ顔で立ちあがり、ほのかの背後に移動すると、雫は親友の両肩を掴み、力ずくでほのかの身体の向きを変えた。達也と正面から向き合う格好に。

 そこで一旦手を離した雫はキョロキョロと辺りを見回し、ほのかの鞄を見つけて勝手に中から綺麗にラッピングされた小箱を取り出す。その箱をほのかの手に押し付けると、もう一度背後に回って強めに親友の背中を、物理的に押した。

 

「あの、達也さん! 今日、達也さんのお誕生日ですよね! つまらないものですが一生懸命選びました! どうか受け取ってください!」

 

 

 ほのかはギュッと目を瞑って小箱を両手で差し出した。達也が答える間もなくほのかが言葉を続けるので、はたして息継ぎをしているのかと疑わしくなった。だが、決して聞き取り難くは無かった。部屋の隅から「知らなかった……」という香澄の声が達也の耳には届いたが、ほのかには聞こえなかったようだ。

 

「もちろん受け取らせてもらうよ。ありがと」

 

「い、いえ、どう致しまして。あの、包みを開けるのは、お一人の時にお願いします」

 

「んっ? ああ、了解だ」

 

 

 達也が少し不思議そうな顔をしながら頷くと、ほのかが大きく息を吐き出した。今にもへたり込みそうな脱力具合だったが、幸い少しよろけただけで済んだ。達成感いっぱいの表情に、これ以上は無理と判断したのか雫がほのかの隣に進み出た。

 

「達也さん、今度の日曜日、空いてる?」

 

 

 雫の話が唐突に始まるのは何時もの事だ。達也もすっかり慣れているとはいえ、瞬間的に戸惑いを覚えるのは避けられない。もっとも、戸惑うのは一瞬だけの事で、会話は滞りなく成立する。

 

「時間は?」

 

「夕方。六時頃」

 

「……大丈夫だ」

 

「ちょっと遅めだけど家で達也さんの誕生日パーティーを開きたい。良いかな?」

 

 

 この「良いかな?」には「参加してもらっても良いかな?」「会場は家で良いかな?」「勝手に誕生日パーティーを計画しちゃったけど良いかな?」の三つの意味が込められていた。

 

「良いとも。ありがたくお邪魔させてもらうよ。だから気にするな」

 

 

 雫の申し出が好意の表れであり、達也の誕生日を出汁に使っているのではない事は確認するまでも無く分かっている。だから上目遣いで少し申し訳なさそうにしていた雫の頭を、達也は優しく撫でた。

 

「「「「あぁ!!」」」」

 

「ん?」

 

 

 生徒会室に四人の少女の悲鳴にも似た声が響いた。深雪、水波、もう一人はほのかだと他の人間にも分かったが、もう一人が誰なのか、発した本人と達也以外には付きとめる事が出来なかった。

 

「深雪と、水波ちゃんも」

 

 

 そんな事お構いなしに、雫は深雪と水波にも声を掛けた。

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「お邪魔させていただきます」

 

 

 日ごろの成果で、深雪は淑女の笑みで雫の誘いを受け、水波は達也に恥をかかせるわけにはいかないという一心で控えめに答えた。二人の返事に満足がいったのか、雫は暫く達也に撫でられ続けたのだった。




原作では値踏みする香澄ですが……

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