劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪の行為は、自分にも分かりませんね……


プレゼントの中身

 下校中、皆と別れて三人で電車に乗り込んだあたりから、深雪の様子がおかしくなった。表面的には異常というほどではないが、達也の目には、妹が何事か大層悩んでいるように見えた。

 深雪の変調は自宅の最寄り駅で電車を降り、改札に近づくにつれてますます深刻化していった。

 

「み――」

 

「あの、お兄様」

 

 

 深雪、と達也が声を掛けようとした同じタイミングで、俯いていた深雪が顔を上げた。

 

「ああ、なに?」

 

「その……ですね、少し、お買いものに付き合っていただけませんでしょうか」

 

「それは構わないが……」

 

「水波ちゃん、悪いんだけど一人で晩御飯の用意を進めておいてくれる?」

 

「かしこまりました。深雪姉さま。達也兄さま、お先に失礼します」

 

 

 水波は深雪を心配する様子も無く、すたすたとコミューター乗り場へ歩いて行く。これもまた、不審を誘う態度だった達也ほどではないにしろ、深雪の態度がおかしいのは水波にも分かったはずだ。

 水波と別れた達也は、深雪を最寄りの喫茶店へと連れて行った。何はともあれ、まず話を聞いてみようと思ったのだ。店に入った深雪は、何処かホッとしているように見えた。これも達也の不審を誘った。

 

「深雪」

 

「はい、お兄様」

 

「何か悩みでもあるのか?」

 

「えっ、いいえ。もう大丈夫です」

 

「まさかと思うが、ほのかのプレゼントを受け取ったのが……」

 

「滅相もありません! そのような事は決して!」

 

 

 頬を紅潮させて必死の勢いで否定する深雪に、達也は気まずい顔で謝罪した。

 

「すまん、そうだよな。本気でそう思ったわけじゃないんだ。許してくれ」

 

「いえ……気にいらないとか頭に来るとかそんな事は無いのですが、また先を越されちゃったな、とは思いましたので……ええ、全くの誤解というわけでは無いのです。ですからその、お兄様が頭を下げられる必要はございません」

 

 

 今度は深雪が狼狽して達也に頭を上げるよう懇願する。その勢いに押されて達也は顔を上げたが、彼の脳裏には疑問が居座ったままだった。そんな達也の不完全燃焼気味な表情を見て、深雪が不安げに小首を傾げる。お互いに要領を得ない顔で目を合わせた二人は、どちらからともなく笑い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、小一時間ほどウインドウショッピングを楽しんで二人は家に帰った。深雪の「悩み事」については達也もあの後話題にしなかった。まったく気にならなかった訳では無かったが、自分で解決したようだったので蒸し返す必要は無いと考えたのだ。

 ちなみに深雪が何で悩んでいたのか、それはつい先ほどまで行われていた行為で達也も理解していた。深雪と水波は結託して、達也の誕生日パーティーを計画しており、その準備の為にどうしても達也を家から遠ざけておく必要があったのだ。だが水波が達也を連れ出す事は不可能に近かったので、深雪が悩んでいる風を装って達也を連れ回したのだ。

 そして今、達也は自室に一人で寛いでいた。明日の実験に備えて、良い気分転換になった。そんな事を考えていた達也はふと、ほのかから貰ったプレゼントのリボンも解かずにそのままになっている事を思い出した。

 リボンを解き、包装紙を丁寧にはがす。出てきたのは高級感のある白木の箱。蓋を開けるとアンティークな発条仕掛けの懐中時計が入っていた。

 

「高かったんじゃないか……?」

 

 

 製造刻印を確かめた達也は微妙な表情を浮かべた。そこに刻まれていたのは雫の父親が経営する企業グループのコーポレートマーク。つまり、これの出所は雫というわけだ。蓋の裏側には写真が入れられるようになっており、そこにはほのかの写真が入れられていた。

 

「何故水着姿なんだ……?」

 

 

 首を傾げていた達也だったが、外に人の気配を感じ、プレゼントをしまった。

 

「深雪です。お兄様、よろしいでしょうか」

 

 

 控えめなノックと共に、ささやかなボリュームで声を掛けられた。

 

「あの、お兄様?」

 

「ああ、ごめん。入って」

 

 

 ドアを開けるとそこには、華やかにドレスアップし、薄らとメイクをした妹が立っていた。その姿に一瞬気を取られた達也だったが、すぐに我を取り戻し横にずれて深雪を招き入れた。

 

「これはいったい?」

 

 

 壁面収納から予備の椅子を出して深雪に勧め、自分は机の前に腰を下ろした達也がボトルとグラスを見ながら問いかける。

 

「お兄様、去年の四月二十四日のことを覚えておいででしょうか……?」

 

「もちろん覚えている。深雪がいきなり振り袖姿で現れた時には何事かと思ったよ」

 

「そんな事もありましたね」

 

 

 微妙に視線を外して独り言のように深雪が呟く。その時は大真面目にやったことでも時を置いて振り返ると、自分でも気恥かしさを禁じられないものらしい。

 

「それはともかく……去年はお兄様と私の、二人だけでした」

 

「そうだね」

 

「一昨年も、二人だけでお祝いしました」

 

「覚えている」

 

「今年は水波ちゃんがいますので一緒にお祝いしましたが……やはり二人だけの時間も……欲しいんです。少しの間、私だけにお兄様のお誕生日をお祝いさせていただけませんか……?」

 

 

 達也は座ったまま身を乗り出し、深雪の顔に手を伸ばした。達也の手が深雪の頬に触れ深雪の瞳が潤みだす。高まる熱を、頬に触れたままの手で兄に知られるのを避けるように、深雪が急に顔を背けた。

 

「お兄様、乾杯しませんか」

 

「シャンパンか」

 

「ええ、ですが大丈夫です。アルコールは殆ど入っていません」

 

「ああ、俺が開けよう」

 

「ありがとうございます……どうぞ」

 

 

 グラスに半分ほどシャンパンを注ぎ達也の前に置く。自分のグラスにも同じようにシャンパンを注ぐと、深雪は右手でグラスを掲げた。

 

「お兄様……ハッピー・バースデイ。お兄様がここにいて下さる事に、感謝します」

 

「ありがとう。お前の兄でいられる事に、感謝する」

 

 

 二人は同時にグラスを傾けたのだった。

 余談だが、深雪の用意したプレゼントは月と太陽をモチーフにした精緻な彫金が施された、やや大ぶりな円形のロケットペンダント。その中には今着ているドレスで撮ったバストショットの深雪が3D写真が入っていた。先ほど深雪は「ほのかに先を越された」と悔しがっていたが、こういう点ではまだまだ深雪がリードしているようだった。

 そして達也は、妹の意図が理解出来ず一時間ほど悩み続けたのだった。




原作ではほのかの写真はありませんが、ここではもう一歩頑張ってます。
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