放課後、達也は再びカフェの入り口で待ち合わせをしていた。だが待ち人は来ない。だが遅刻ではない。先に少し遅れるとメールが着てたのだが、他に時間の潰せる場所が無かったので、元々の時間通りに達也が来ただけなのだ。
入り口で目を瞑りながら腕を組んでいる達也の姿を、何人かの女子生徒がチラチラと見ているのだが、別に害意は感じないので放っておいているのだ。
「ゴメンなさい、待った?」
「いえ、予め事情はお聞きしてますので」
待つこと十五分、漸く現れた紗耶香に達也は淡々と事実を伝えた。変にカッコつける訳でもなく、かと言って遅れた事を責めるでも無い達也に、紗耶香は少し安心したような表情を浮かべた。
「良かった。怒って帰っちゃったら如何しようかと思ってた」
今の紗耶香は可愛らしい女の子モードのようだった。達也はそれを見て剣を握ってる時とのギャップを感じていた。
「如何かしたの?」
「いえ、時々可愛らしい女の子モードの先輩を見て、剣を握ってる時と随分と違うんだなと思ってました」
「可愛らしい……」
素直に褒められる事に慣れていない紗耶香は、達也のストレートな物言いに顔を赤くさせる。一方の達也はいたって真顔だ。
「司波君ってナンパ師なの?」
「魔法師ではありませんね。今のところは」
そう言った途端に、達也は飲んでいたコーヒーを置き、背後の観葉植物の陰に隠れている人陰に目を向ける。
「渡辺先輩……」
達也の視線を追った紗耶香も、摩利の存在に気付いたようだった。だが、紗耶香の反応に若干の不審点があると達也には感じ取れたのだった。
「今日は非番ですよ。それに、委員会の報告書はちゃんと仕上げましたよ」
「ああ、分かってる。別に此処に居たのは偶然だ」
「そうですか」
誰かが背後に居るのを達也は理解したが、此処で詮索しても摩利はその名前を吐かないだろうと達也は確信していた。曲がりなりにも委員長なのだから、もう少しまともな尾行は出来ないものかと言う別の疑問でその事を打ち消す事にしたのだ。
「邪魔して悪かったな。壬生もすまないな」
「え、えぇ……」
随分とぎこちない返事だったが、摩利の方は特に気にする様子も無くカフェから去って行った。達也は背後に遠ざかって行く摩利の気配を感じ、その後で紗耶香に意識を戻した。
「それで先輩、返事は聞かせてもらえるんですよね?」
達也が切り出した事で決心が付いたのか、紗耶香は自分の考えを達也に話し始めた。
「学校に私たちの考えを伝えるだけじゃなく、待遇改善を要求しようと思うの」
随分と踏み込んだ考えだと達也には感じたが、特に驚くような事でも無かったのでコーヒーを啜ろうとした……だが、既にカップは空だったので、達也はカップをテーブルのソーサーの上に置き、紗耶香の目を覗き込んだ。
「具体的には何を要求するのですか? 教師を増やせとでも言うのですか?」
「別にそこまでは……」
圧倒的に数の少ない魔法師を増やす為の国策学校だ。教師である魔法師が少ない事くらい紗耶香にも分かっている。
「ではクラブ活動ですか? 調べたところ剣道部には剣術部と同じだけの体育館の使用時間が割り当てられてますが。予算の方はやはり魔法系クラブの方が多いですが、それは活動に見合った額で、魔法科高校では良くある事だと聞いてますが」
「それじゃあ司波君は不満じゃないの? 魔法実技以外は魔法理論も一般科目も体力測定も戦闘技術も一科生を上回ってるのに、ただ実技の成績が悪いってだけで見下されて口惜しくはないの?」
一気にしゃべった紗耶香を達也は感情の読み取れない目で見ていた。その視線に耐えられず、紗耶香は手元のジュースに逃げた。
「不満ですよ、もちろん」
だが、達也の答えを聞いて勢いが戻ってきたのか、再び一気に話し始めようとした。
「じゃあ!」
「ですが、俺は学校側に改善してほしい事は無いですし、教育機関としても学校に期待してません」
「えっ……」
「魔法大学系列でのみ閲覧出来る非公開文献の閲覧資格と、魔法科高校の卒業資格さえ手に入れば他には興味もありませんし必要ありません。ましてや同級生を『雑草』と揶揄する幼稚性まで学校の所為にするつもりもありません」
これは達也の本心の全てでは無いが、紛れも無い達也の考えだ。誰も寄せ付けないような鋼のオーラを纏った達也を、紗耶香は恐怖心を抱きながらも説得しようと試みる。
「で、でも、司波君だって不満があるって!」
「先輩とは主義主張を共有出来ないようですね、残念ですが」
取り付く島も無い達也に、なおも追いすがる紗耶香……
「司波君は何を支えにしてるの? 如何してそこまで割り切った考え方が出来るの?」
達也を見つめる紗耶香の目に、決して韜晦は許さないと書いてある。達也はため息を吐きたいのを堪えて真面目に答える事にした。
「重力制御型熱核融合炉を実現したいと思ってます。魔法学を学んでるのはその手段にすぎません」
「えっ……」
達也の目は、決して嘘を言ってる人間の目では無い事が分かる紗耶香は、達也が話してくれた事が受け入れられなかった。
重力制御型熱核融合炉の実現は、『加重系魔法の技術的三大難問』の一つで、二科生である彼が将来の目標に掲げるテーマとは思えない。だが達也が嘘を言ってる風には感じられないので、紗耶香はますます混乱した。
そんな紗耶香に無言で一礼して、達也は席を立った。元々理解してもらおうと思って無いし、理解出来るとも思って無かったので、達也は今の紗耶香の状況に興味は無いのだ。
「……司波君、貴方なんて事を……」
背後からそんなつぶやきが聞こえたようにも思えたが、達也が振り返る事は無かった。達也の興味は既に紗耶香から移っており、今更話しかけられても返事をするつもりも無かったのだ。
「(あのタイミングで渡辺委員長があそこに現れるのは不自然だ。だが、見つかっても良い感じだったし、他に何かを仕掛けてると考えるのが普通だろうな。だが、いったい何が目的で)」
首謀者と思しき人間の顔を思い浮かべ、達也は答えの出ない疑問に取り掛かっていた。何となく理由は分かるが、あの人がそんな事をするメリットが見当たらないのだった。
「(本人が動けばもっと楽に情報が得られただろうに……そこまで重要では無く、片手間で情報収集をしてるって事なのかもな……)」
それならあの人らしいと思った達也は、とりあえず疑問を脇に置いておく事にした。当面の問題は、学園に蔓延している犯罪組織が如何動くかなのだから……
とりあえず此処では紗耶香を突き放しました。終わりはまだ決めてませんが