劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本当に、クズだな……


押しかけ議員

 それは殆どの一高生にとって予期せぬ客人であり、おそらく全ての第一高校関係者にとって招かれざる客だった。物々しい黒塗りの乗用車三台で押しかけた十人の男女。神田議員と彼の秘書、議員の取り巻きのジャーナリスト及びボディガードの面々である。

 彼らは四時限目、午後最初の授業の最中にいきなり校長へ面会を求めてきた。もちろん何の予約もなしに。普通なら丁重にお帰り願う場面だが、国会議員のバッジを付けていればこんな無理も押し通る。マナーを無視して面会を強要する神田議員を、第一高校教頭の八百坂は苦い顔で迎えていた。

 

「神田先生、既に申し上げました通り、本日校長の百山は京都出張で留守にしております。校長の居ります時に改めてお越しいただけないでしょうか」

 

「ほぅ。この神田に、子供の使いよろしく出直せと言われるのか」

 

「子供の使いなど滅相もありません」

 

「では教頭先生でも結構です。御校の授業を見学させていただきたいのだが」

 

「私の一存では承諾しかねます。それはやはり、校長に直接仰っていただかなければ」

 

 

 校長が留守にしている事は神田も最初から知っている。むしろ、校長の留守を狙って押しかけた、と言う方が正しい。

 第一高校校長・百山東は魔法教育に留まらず高等教育の権威として各界に広い人脈を有する。神田議員としても、正面から相手にしたくない人物だった。百山が留守にしている隙を狙ってパフォーマンスを成功させたい神田と、校長の留守を楯にマスコミの取材を阻止したい八百坂のせめぎ合いは、神田優勢のまま時間だけが流れて行く。このまま時間切れになれば結果的に八百坂の思惑通りだ。焦りを覚えた神田が強引に押し切ろうとしたその時、カリヨンの音色を模した呼び鈴が校長室に鳴り響いた。

 

「校長!? 会議はよろしいのですか?」

 

 

 発信器から強制的に受信状態へ切り替わるギミックを持つヴィジホンの画面に登場したのは、魔法協会本部にて会議中であるはずの百山校長だった。

 

『少し時間を作ってもらった。それで、神田先生。本日はどのようなご用件ですかな』

 

「ああ、いや、ご予定も確認せずお邪魔した事は申し訳なく思っております」

 

 

 八百坂に対していた時とは打って変わって、神田の返答は腰が引けていた。

 

『それがお分かりなら日を改めていただけませんか』

 

「本来なら校長先生の仰る通りにすべきなのでしょうが、私にも少々思うところがありまして」

 

『ほぅ』

 

「ここ最近、魔法科高校のカリキュラムに関して、世間に不穏な噂が流れております。魔法科高校九校は、生徒を軍人にすべく洗脳しているのではないかと」

 

『バカバカしい話ですな。当校生徒の進学先内訳を神田先生はご存知ないのか? 例えば去年の卒業生は六十五パーセントが魔法大学に進学している。防衛大に進学した生徒は十パーセントに満たないのですぞ』

 

「しかし魔法大学卒業生の進路を見ると、四十五パーセントが国防軍及びその関連先へ就職しています。高校から直接防衛大に進学した生徒と合算すれば、魔法科高校で学んだ生徒の過半数が国防軍関係者になっている計算です」

 

 

 すったもんだの末、百山は神田に見学の許可を与えた。

 

『ただし見学は五時限目だけとさせていただく』

 

「そっ……いえ、それで結構です」

 

『教頭、五時限目に予定されている実習はどのクラスとどのクラスだ?』

 

「五時限目に実習が予定されているクラスはありません。ただ正規のカリキュラムではありませんが、二年E組の生徒から申請があった課外実験が校庭で行われる予定になってます」

 

『お聞きの通りだ。神田先生、やはり日を改めた方がよろしいのではないか』

 

「そんな! それではせめて、四時限目の途中からでも」

 

『神田先生。実習の途中でカメラやマイクに入られては生徒の集中が断ち切られてしまいます。そうなれば最悪、生徒は魔法の失敗体験により再起不能のダメージを受ける事になる。それは先生もお望みではありますまい』

 

「……分かりました。それではその課外実験だけでも見学させてもらえませんか」

 

『そうですか。教頭、スミス先生を呼んで、神田先生を案内させなさい』

 

 

 悔しげに言う神田に対して特に勝ち誇った様子も見せず、百山校長は八百坂教頭にそう命じて通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放射線実験室に入室した神田たちは、非友好的な視線を感じ立ち竦んだ。

 

「スミス先生、そちらの方々は?」

 

 

 声を掛けてきたのは生徒の作業を監督している廿楽だけだった。

 

「当校の見学に来られた神田先生と記者の方々です」

 

「国家議員の先生はともかく、何故ジャーナリストが同行されているのですか? 学校内の取材には事前の許可が必要なはずです。小生はそのようなお話、伺っておりませんが」

 

「校長が許可されました」

 

「校長は出張中のはずですが」

 

「時間が出来たようで、電話が繋がりまして」

 

「なるほど」

 

 

 それだけの説明で簡単に納得した廿楽に、神田とその取り巻き記者は拍子抜けを味わっていた。

 

「先生、準備が出来ました。実験装置を移動させても良いですか」

 

 

 この実験のリーダーという事になっている五十里から廿楽に声が掛かり、話は中断された。

 

「……はい、良いですよ」

 

 

 廿楽が許可を出すと、待ってましたとばかりサポーターのロボ研部員が壁のスイッチを操作した。放射線実験室の壁が音も無く開いて行く。

 

「私たちも行きましょう」

 

 

 ジェニファーに声を掛けられて、神田議員と記者も慌てて校庭へと向かって行く生徒と廿楽の後を追いかけた。

 

「そう言えば何故、正規の授業ではない実験を授業時間中に行うのですか? こういう事は良くあるのでしょうか」

 

「いいえ。元々この実験も放課後に行う予定でしが、詳細を知った職員の間から、自分の担当している生徒に見学させたいという声が多くあがったので、この時間の実習を全て中止して希望する生徒は自由に見学できるようにしたのです。校庭で実験するのもその為です」

 

「生徒が言いだした実験なんですよね?」

 

「学問的な意義も実用的な意義も高い実験ですから」

 

「実用的と仰いますと、例えば『灼熱のハロウィン』で使用された秘密兵器のような、敵艦隊を一網打尽にする兵器の開発に繋がるとかですか?」

 

 

 嫌らしい笑みを浮かべて訊ねる記者に、廿楽は冷たい眼差しを向けた。

 

「加重系魔法の技術的三大難問の一つに挑む実験です」

 

「始まりますよ」

 

 

 ジェニファーの声に、マスコミ人としての職業意識か、彼らの意識は校庭の中央・校舎寄りに固定された実験装置へと吸い寄せられた。そこに、彼らが言った『灼熱のハロウィン』の元凶がいるとも知らずに……




テメェらのは子供のお使い以下だろ

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