恒星炉の実験装置は球形の水槽を台座に乗せた簡単な構造をしている。ポンプは放射性実験室で取り外し済みだ。水槽には赤道部分に幅十五センチの金属環がはめられ、台座から伸びた四本の支柱がこの金属環を支えている。真上の注水口は直径三十センチの円盤でふさがれ、反対の極にも同じ円盤が取り付けられていた。
校舎の窓から多くの生徒が実験装置に注目している。ほとんどの教室で、まともに授業は進んでいないだろう。またそれを予想したからこそ職員室も、この時間の実習を中止し端末による座学に切り替えたのだ。
窓から見るだけでは満足出来ない生徒が校庭に下りてきた。特に二年E組は、実験に参加していない生徒も含めて全員がこの場に立ち会っている。他にも去年の一年E組のメンバーと去年の九校戦・新人戦女子メンバーは全員が顔を揃えていた。生徒だけでは無く、教師の姿も少なくない。
「実験を開始します」
拡声器でアナウンスしたのは達也。校庭に集まった生徒たちがお喋りを止め静まり返る。生徒と教師が固唾を呑んで見守る中、達也から合図が放たれ実験がスタートした。
全ての工程を終え、問題無く恒星炉が機能した事を受け、水波は最後の魔法、中性子バリアを解除し、ホッと肩の力を抜いた。
「水波、大丈夫か?」
「はい、問題ありません達也兄さま」
「そうか、ご苦労だったな」
水波に労いの言葉を掛けて、達也の視線はほのか、香澄、泉美、そして深雪へと順番に向けられていく。最後に五十里と目を合わせて互いに頷きを交わし、達也は実験中彼の背後で複数の測定機器へ忙しなく目を走らせていたあずさにマイクを手渡した。
「えぇ!? ここは司波君か五十里くんが……」
勢い良く何度も首を振ってマイクを押し返そうとしたあずさだったが、にこやかに笑う五十里と無言で見詰める達也の圧力に逆らえず、泣きそうな顔でマイクを受け取った。大きく深呼吸を繰り返し、マイクを口元へ持っていくあずさ。キッと決意を固めた顔で彼女はこの場に立ち会った全ての生徒へ向けて宣言する。
「常駐型重力制御魔法を中核とする断続熱核融合実験は所期の目標を達成しました。『恒星炉』実験は成功です」
校庭で、校舎で、一斉に歓声が上がった。それは暴力的までに熱狂的な歓声で、「魔法」の可能性と未来を称える雄叫びにも聞こえた。
「これにて実験を終了します。後片付けにも人手が必要ですので、どうかお手伝いの程をよろしくお願いします」
あずさからマイクを受け取った達也がそう宣言すると、熱狂冷めやらぬ生徒たちが我先にと恒星炉の実験装置へと駆け寄って来た。
「どうやら成功のようだね」
「そのようですね。実験もですが、あちらの御方たちにも、いいアピールが出来たんじゃないでしょうか」
マイクの電源を切り、五十里と達也が人の悪い笑みを浮かべながら、神田議員とその取り巻き記者たちに視線を向ける。彼らは実験の成功と生徒たちの雄叫びに圧倒されてその場に硬直していた。
「しかし、今回の実験はこのメンバーだからこそ成功したという面が大きすぎる。同じ事をやれと言われても、今の俺には出来ません」
「それは僕も同じだよ。だからこそ、これからその問題点を詰めて行くんでしょ?」
「その通りです。今回はあくまで『神田議員のパフォーマンスに対抗するパフォーマンス』として実行しましたが、いずれは完成させたいと思ってます」
「その時はまた、僕も協力するよ」
「ありがとうございます。魔法師の未来の為にも、頑張っていきましょう」
五十里と固い握手を交わし、達也も片付けに向かう。それにつられるように、五十里もまた片付けに向かったのだった。
神田とその取り巻き記者たちの撃退に成功した事と、恒星炉の実験の成功を祝して、生徒会室でささやかなパーティーが催される事になった。
「さすがはマスターです。ここからは実際に見学する事は出来ませんでしたが、魔法の波動で実験の成功は確認出来ました」
「それにしても、さすがは達也さんですね! まさかマスコミたちにあれほど有効だとは思いませんでした」
「達也さん、最初からあの人たちが来る事を知ってたでしょ?」
雫に問われ、達也は素直に頷いて肯定した。
「とある筋から聞いてな。神田議員は魔法師の未来を狭めよう、ひいては魔法師を存在出来ないものとしようと動いてるからな。それを逆手にとって魔法師の未来を明るくしてやろうと計画した」
「それを聞いた時、僕も中条さんも驚いたけどね」
「でも、司波君の実験はそんな事関係無くても手伝いたいと思えるものでした」
上級生二人が手放しで兄を褒め称える光景を、深雪はうっとり顔で眺めている。そんな深雪の表情に、泉美がうっとり顔で呆けているのを、香澄は呆れ顔で眺めていた。
「今頃、装置を作った人たちもお祝いしてるのかな?」
「さすがに生徒会室での祝勝会には参加出来ないと、十三束が言っていたな。ロボ研のガレージかそこらで騒いでるんじゃないのか?」
「今日だけは、風紀委員も部活連も見逃してくれるだろうしね」
「あたしは注意するつもり無いもん。服部は知らないけどね」
当たり前のように五十里の隣にいる花音が、風紀委員は取り締まらないと宣言する。同じく風紀委員の雫も、小さく頷いて花音の宣言に同調した。
「さすがに行きすぎたら止めるでしょうが、今日は服部会頭も見逃してくれるでしょうよ」
「七宝も来てないし、部活連も大人しくしてるんじゃないですかね」
「七宝君は、今日休みだったのか」
香澄が何気なく放った言葉に、達也は意外感を示した。
「何でも家の事情とかで。ほんとかどうか怪しいですけどね」
「香澄ちゃん。七宝家の事情なんて、私たちには分かりません。決めつけは良く無いですよ?」
「はーい」
双子の妹に注意され、香澄は気の無い返事をした。そんな二人を眺めながら、生徒会室での祝勝会は和やかな雰囲気で行わる。
「それじゃあ会長、音頭をお願いします」
「えぇ!? また私ですか!? ここはさすがに司波君が……分かりましたよ」
再び無言のプレッシャーに押しつぶされ、あすざが乾杯の音頭を取った。今日のこの一件が、魔法師の未来を狭くするのを阻止したんだと、ここにいる誰もが思っていたのだった。
何故か音頭は毎回あーちゃん……