劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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当然の反応だと思うが、世論操作中なんですよね……


世間の反応

 四月二十六日、木曜日。通学途中の個型電車の中、情報端末を手に何時もの習慣でニュースをチェックしていた達也が「おやっ?」という表情を浮かべた。彼の表情変化はいつもどおり小さかったが、それを深雪が見落とさなかったのもまた、何時も通りだった。

 

「お兄様、何か気になるニュースでも?」

 

「昨日手伝ってもらった実験の事が、ね。好意的な記事と敵対的な記事が併存しているのは予想通り。むしろ予想外に好意的な記事が多いような気がする」

 

 

 深雪は目と表情で「なにもおかしなことは無いのでは?」と訊ねながら続きを促した。

 

「風向きに敏感な国会議員はともかく、大手情報機関の記者があの程度の仕掛けで白旗を上げるとは思っていない。意地になって一方的で断定的な記事を書いて来ると予想した。実を言えば、それを足がかりにしてカウンターの世論操作を仕掛けるつもりだった」

 

「まぁっ、今更ですが……お兄様、お人が悪いです」

 

「思った通り、これなんてかなりヒステリックな記事を書いてくれているんだが、これは予想してなかった」

 

 

 大手ニューズサイトよりタブロイドサイトの方が相応しいセンセーショナル狙いのタイトルで「魔法科高校生、水爆実験に挑戦か」と書かれている記事を見せる一方で、次に端末の画面へ呼びだしたものは、達也にとっても予想外だったものだった。

 

「若者たちの挑戦、二十二世紀に向けて、ですか。この新聞社のシリーズコラムですよね。これに昨日の事が?」

 

「ああ。昨日はこの新聞社の記者も来ていたから、記事にされる事自体は不思議じゃない。だがここも昨日までかなり積極的に反魔法主義の記事を配信していたんだよな……」

 

「お兄様の恒星炉に感銘を受けたのではありませんか?」

 

 

 不可解だ、という顔を見せる達也に対して、深雪は当然ですと言わんばかりの口ぶりだった。

 

「……新しいものが好きな記者なら、個人として共感を覚えてくれた可能性はある。コラムだし、編集部が丸ごと物好きの集まりだったという可能性も無いわけじゃないか」

 

 

 組織と言うものは決して一枚岩ではなく、組織が巨大化すれば分裂傾向がより強くなるという事は、達也も理解、というか実感していた。一つのセクションが会社の方針を外れて暴走する事もあるだろう、と達也は一先ず納得しておく事にしたのだった。

 

「達也兄さま、私も深雪姉さまの意見に賛成します」

 

「そうか……そうだな。そう考える方が楽で良い」

 

 

 援護射撃、ではないが、水波も深雪の意見に賛同したので、達也はそれ以上考える事を止め、情報端末を懐にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実のところ、事態はそれ程単純なものでは無かった。反魔法主義一色だった大手情報機関の中に、今日になって魔法師寄りの論調が現れたのは昨日の実験がきっかけになったという部分も確かにある。高校生が国会議員に一泡吹かせた事にニュースバリューを認めた人も一人や二人では無いが、無論それだけでも無かった。

 百山校長から野党民権党の上層部に対し、事前の相談なく校内に記者を入れた事について厳しい抗議があり、神田議員だけでなく他の反魔法主義陣営議員も一時的に活動を縮小せざるを得なくなった。ある面から見れば、達也の企みが百山校長に上手く利用された格好だ。

 そして援護射撃は産業界からも放たれている。

 

「おい、見ろよ、達也。このインタビュー、またやってるぜ」

 

 

 昼休みの食堂。壁面ディスプレイに表示されたプッシュ型の動画ニュースを指差すレオ。達也はレオの人差し指が向いた方へ目もくれず、黙々と食事を続けていた。

 

「ローゼン家の方が日本のニュースに出演するなんて珍しいですね、お兄様」

 

「ローゼンの姓を持つ者が日本へ赴任してきた事を含め、何かしら大きな方針変更があったのかもしれんな」

 

 

 レオの事は無視できても深雪を無視する事は達也にとって不可能だ。エリカと幹比古の方を見ないよう意識しながら、達也は当たり障りのない答えを返した。

 十六面に分割された大型壁面ディスプレイは、そのうちの四面を使ってローゼン・マギクラフト日本支社長、エルンスト・ローゼンのインタビューを流している。画面の中のエルンスト・ローゼンは流ちょうな日本語を操りキャスターの質問に答えていた。

 

『――高校生があれほど高度な魔法技術を操るとは予想外です。日本の技術水準の高さには驚かされました』

 

「絶賛されてるぜ?」

 

「………」

 

 

 エリカは彼女らしくもなく、先ほどから沈黙を守っている。その代わりに、というわけでもないだろうが、楽しそうに話しかけてくるレオの言葉を、達也は再び黙殺する。

 

『第一高校の生徒が成功させた昨日の実験は、魔法が人類社会に更なる繁栄をもたらす技術となり得る可能性を見せてくれました』

 

「すごいね。人類社会の繁栄だって」

 

「皆が頑張ってくれたからだ」

 

 

 裏も表も無く素直に感心した様子で称賛する雫に、達也はまたしても当たり障りの無い答えを返した。

 

「うん、深雪もほのかも凄かった」

 

「わ、私は別に……」

 

 

 雫とほのかの間で始まったじゃれあいを眺めながら、達也は「ローゼンは一体何を狙っているのだろう」という疑問と「高校生の素性を伏せる程度の良識はあったんだな」という意外感を覚えていた。

 

「なぁ達也。エリカのヤツ、どうしたんだ?」

 

 

 何時もなら一緒になってはしゃぐであろうエリカが沈黙しているのが気になったのか、レオが達也にそう問いかけてきた。

 

「さぁな。エリカにも思うところがあるんじゃないか?」

 

「アイツに思うところが? そりゃネェだろ」

 

 

 エリカとローゼンの関係を知らないレオは、達也が含みを持たせた言葉にも気づかずにあっさりと流した。

 

「まぁエリカに元気がないのは気になるが、達也が認められたんだ。今日は騒ごうぜ」

 

「あんまり周りに迷惑は掛けるなよ」

 

「分かってるって! 幹比古、飲み比べしようぜ!」

 

「えぇ!? 僕は遠慮しておくよ……」

 

「ノリが悪いぞ! 良いから勝負だ!」

 

 

 エリカ同様に沈黙を守っていた幹比古は、レオの強引な行動によって騒ぎの中心に引っ張られていったのだった。

 

「達也君、ミキから聞いたの?」

 

「一応な。一人で背負うには重すぎるからと言われて」

 

「そっか……ミキのヤツ、後でお仕置きが必要みたいね」

 

 

 いつもの口調ながらも、その言葉に何時もの元気は無かった。エリカはそれ以上何も話そうとせず、昼休みの間ずっと沈黙していたのだった。




黒いお兄様……

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