劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この二人はほんとに……


第二次琢磨VS香澄

 恒星炉実験に対する思いがけない好意的報道の数々は、一高生の心を高揚させた。自分が当事者でなくても、同じ学校の生徒が社会から認められたという事実は、たとえそれが表面的なものであったとしても、若い彼らの承認欲求を集団同一視の下に満たしていた。しかしそこには、当然というべきか例外がいた。

 五時限目、午後最後の授業が終了した直後の時間。一年A組の教室で部活へ向かう準備をしていた琢磨の耳に、今日何度目か分からない不愉快なお喋りが飛び込んできた。クラスメイトの女子が話題にしているのはローゼン日本支社長のインタビューと、そこで語られた昨日の出来事。実験に参加したクラスの女子生徒を褒めそやす声。琢磨はいきなり立ち上がった。苛立っている事を隠そうともしていない。琢磨が放つ剣呑な波動に、お喋りをしていた女子生徒が口を噤んだ。

 彼の態度はクラスの雰囲気から浮いていた。A組で昨日の実験に直接かかわった者はいない。香澄と水波はC組、泉美はB組、機械操作のサポートメンバーもA組にはいなかった。それでも、世界的有名企業の幹部から高い評価を受けた事に、我がことのような興奮を覚えている生徒が殆ど、というか彼以外の全員だった。

 逃げ去るように教室から出て行った琢磨だったが、クラブ活動中も、モヤモヤとした気分は消えなかった。集中力を欠いていた所為で術式が雑になり、何時もなら難なくこなせる事を何度も失敗して、余計にフラストレーションを募らせる。下校の時、琢磨の苛立ちは最高潮に達していた。

 事務室に預けていたCADを受け取って下校する途中、琢磨は風紀委員の腕章をつけた香澄と前庭でばったり出会ってしまった。本部に戻る途中だった香澄は、琢磨の事をチラリと見ただけで何も言わずにすれ違おうとした。それは少しもおかしなことでは無かったのだが、琢磨はバカにされたと勘違いした。

 

「上手くやったもんだな、七草」

 

「……何の事?」

 

 

 香澄が足を止めて訝しげに問いかけたのは演技では無かった。だが一昨日の晩、父親に釘を刺されてからずっとストレスを積み重ねてきた琢磨の目には、香澄が惚けていると映った。誤解のまま、琢磨は香澄に苛立ちをぶつける。

 

「昨日の公開実験の事さ。ローゼンの支社長にまで注目されるなんて凄いじゃないか」

 

「公開実験? 七宝、アンタ何か勘違いしてない?」

 

「惚けるなよ。魔法師を目の敵にしている国会議員がやってくる事をしって、昨日の事を仕組んだんだろ? 司波先輩を利用して、上手く名前を売ったものだぜ」

 

「利用ですって? 変な言いがかりをつけないで」

 

 

 香澄の反論は、少し歯切れの悪いものとなった。それは神田議員の来校を予め知っていたという琢磨の指摘が的を射たものだったからだが、琢磨はそれを自分の推理がすべた正しい証しだと判断した。

 

「迂闊だったよ。あの人、この学校だけじゃなく魔法科九校の間でちょっとした有名人だったんだな。さすがは七草、抜け目がない。姉に続いて色仕掛けで誑し込んだのか? お前たち姉妹、見てくれだけは一流だからな」

 

「ふざけるな!」

 

 

 香澄がいきなり爆発し、琢磨はその剣幕に呑まれ絶句した。しかし香澄が逆上したのは一瞬だけだった。

 

「……誑し込むとか、七宝の考える事は随分下品なんだね。色仕掛けなんて、私たち七草には考えもつかないよ。それに、司波先輩は色仕掛けなんて通じない。色ボケ芸能人くらいにしか、そんな事は通じないよ。アンタなら通じるかもね、見た目は可愛いんだし」

 

「……喧嘩を売ってるのか、七草」

 

「先に喧嘩を売って来たのは七宝、アンタの方だよ。それに、言わなかったっけ? 二度と喧嘩を売ろうって気が起こらないくらい、安く買いたたいてあげるって」

 

 

 睨みあう琢磨と香澄。二人の右手は、左の袖口にかかっている。二人が使用するCADは共にブレスレットタイプ。二人は既に、一発触発のラインを踏み越えていた。

 

「そこの二人! 何をしている!」

 

「二人とも、手を下ろしなさい!」

 

 

 だが、二人がまさにCADを操作しようとした瞬間、背後から制止の声が掛かった。琢磨の背後から、男子生徒の声。香澄の背後から、女子生徒の声。琢磨は右手で左袖をまくりあげながら振り返り、香澄は右手を下ろして振り返った。

 琢磨の視界の中で、見覚えのある男子上級生が厳しい表情で左の懐に右手を差し入れている。ショルダーホルスターに治めた拳銃形態のCADを抜こうとしている。琢磨がそう判断した。

 既にスイッチに触れている琢磨は、勝ったと考えた――だがその直後、身体を前後に揺さぶられ脳震盪を起こして、琢磨は眩暈に襲われ両膝を突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の背後で魔法発動の兆候を感じ取り、香澄は振り返った。その視線の先には風紀委員の森崎が琢磨に向けて魔法を発動させていた。

 

「ドロウレス……」

 

 

 香澄の口から呟きが漏れた。彼女は小さくない驚きに撃たれていた。CADの準備は明らかに琢磨が先んじていたし、特化型は汎用型よりスピードに優れているが、あの状態なら汎用型と特化型の差があっても琢磨の方が早かったはず。だがそれは森崎が通常の「抜いて、狙いを付ける」という手順を踏んでいたなら。

 正直言って、香澄は森崎の事をあまり評価していなかった。魔法式の規模も事象干渉力も平凡なものでしかなく、構築スピードこそ速いものの、それもそこそこでしかない。この程度の実力で何故風紀委員に選ばれたのかと疑問にすら思っていたが、香澄は心の中で自分に見る目が無かったと率直に認めていた。

 

「(ボクもまだまだ、頑張らなきゃ)」

 

「香澄」

 

 

 心の中でグッと拳を握りしめた香澄だったが、後ろから抑揚に乏しい声で名前を呼ばれて、飛び上がるように背筋を伸ばした。

 

「北山先輩……」

 

 

 きまり悪げに振り向いた先では、雫がムスッとした顔で香澄を見つめていた。




問題児だな……特に琢磨は……今更ですが

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