劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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子供の言い分にしか聞こえない……


琢磨の反論

 達也の判定に一番手で食って掛ったのは香澄だった。

 

「どういうことですかっ!?」

 

「試合前に言ったはずだ。致死性の攻撃、治癒不可能な怪我を負わせる攻撃は禁止、危険だと判断した場合は強制的に試合を止めると」

 

「では、どのような決着になるのでしょう?」

 

 

 双子の姉より落ち着いた口調で、ただし何時もより語調で泉美が質問する。

 

「双方失格、つまり両方とも負けということだな」

 

 

 引き分けでは無くどちらも負け。達也があえてそう言ったのは「再戦を認めない」という含みを持たせたものだったが、泉美たちがそれを理解したかは疑わしい。

 

「しかし司波先輩、窒息乱流はミリオン・エッジと違い、致死性の魔法でも後遺症を残すような魔法でもありませんが」

 

「確かに窒息乱流は相手に重大な後遺症を残さないレベルに威力をコントロールする事も出来る。だが泉美、さっきのお前たちにその余裕は無かったはずだ」

 

 

 達也に「違うか?」と視線で問われ、双子は共に口ごもる。その代わりではないが、今度は琢磨が達也に食って掛った。

 

「そのような事はありませんでした! そうなる前に決着はついていました!」

 

「自分の勝ちだったと言いたいのか?」

 

「そうです。七草の熱乱流ではミリオン・エッジを止められませんでした。窒息乱流が俺の気密シールドを破る前に、俺の攻撃が七草に届いていました!」

 

「つまり俺が手を出さなければ、百万の紙片が高熱を帯びた状態で高校一年生の女の子の柔肌を蹂躙したはずだ、と主張するのか。ならば七宝。この試合はお前の反則負けだ」

 

 

 達也の発言に顔を赤くして爆発する前に、琢磨に冷酷で冷静な口調で達也が宣言した。琢磨の敗北だと。

 

「ミリオン・エッジをまともに浴びればどういう結果になるか、知らなかったとは言わせない。過剰攻撃が許されるのは殺し合いだけだ。ルールのある試合で許される事じゃない」

 

「ではっ! ミリオン・エッジを使えば俺の負けだと最初から決まっていたんですか!?」

 

「攻撃力をコントロール出来ない限り、反則となる」

 

「そんな、無茶苦茶だ! じゃあ俺は試合が始まる前から切り札を封じられていた事になる! とんだハンディキャップマッチじゃないですか!」

 

「条件は同じだ。殺傷性の高い魔法は七草姉妹にも等しく禁止されていた」

 

「詭弁だ! あいつらは禁止されているような殺傷力の高い魔法を持っていないじゃないか!」

 

「窒息乱流は十分な殺傷力を持つ。最初止めなかったのは、威力がルールの範囲内にコントロールされていたからだ。だが七宝、お前はミリオン・エッジの威力を抑える事が出来ていなかった」

 

「言いがかりだ! 俺はちゃんと術式を制御していた!」

 

 

 琢磨の反論はまるで根拠の無い、反射的で感情的で短絡的なものだった。琢磨のミリオン・エッジが十分に加減されたもので無かった事は、この場に立ち会っている二年生全員の目に明らかだった。達也が自分の判断だけでなく、四人全員に意見を求めたのなら、琢磨も引き下がらざるを得なかっただろう。達也の身内だけならともかく、十三束まで達也のジャッジを支持したとなれば強情を張りとおすのは難しかったに違いない。

 

「この試合の審判は俺だ。判定は俺が下す。それも最初に言っておいたはずだ」

 

 

 だが、達也はそうしなかった。判定は審判が下す、この原則を曲げる必要性を達也は感じなかったからだ。

 

「ああ、分かったよ! つまりミリオン・エッジの使用=過剰攻撃って事だろ! だったら最初からそう言ってくれれば良かったじゃないか! ミリオン・エッジがルール違反だと分かっていれば、他にも戦い様はあったんだ!」

 

「甘えるな、七宝。威力をコントロール出来ないのはお前が未熟だからだ。条件が与えられているにも関わらずそれを満たせなかったのはお前の技能不足でしかない」

 

雑草(ウィード)のアンタに言われたくない!」

 

 

 真っ赤に染まっていた琢磨の顔は、血の気を失って少し青ざめている。彼もここ迄言うつもりは無かったのだろう。逆上して取り返しのつかない失言をしてしまったと感じているようだ。ほのかと雫は別の意味で青ざめていた。今にもこの部屋にブリザードが吹き荒れるのではないかと恐怖していた。

 だが幸い、そうなる前に達也が口を開いた。

 

「俺に言われるのは不満か?」

 

 

 琢磨は自分の発言が二重の意味で不適切なものだと自覚していた。「ウィード」という単語は少なくともこの場で口にすべきではない言葉だったし、達也は二科生から実力で魔工科生にランクアップした「例外」だ。

 

「ふ……不満なのは公平性を欠いたジャッジに対してです! 七草が窒息乱流をコントロール出来ていて、俺がミリオン・エッジをコントロール出来ていないとうのは司波先輩の主観に過ぎないじゃないですか。俺はミリオン・エッジを完全にコントロールしていました! 司波先輩のジャッジは明らかに七草を贔屓しています!」

 

「七宝……お前、言ってる事が支離滅裂だぞ。あのまま続けていれば、お前の魔法が七草さんたちに試合の限度を超えた傷を負わせていたと、さっきは自分で認めていたじゃないか」

 

「それは七草が熱乱流を使ったからです!」

 

 

 琢磨に対して呆れ越えで窘めた十三束に、琢磨は責任転嫁のような事を言った。

 

「もう良いよ、七宝。そこまで負けたくなかったんだったらさ、もうアンタの勝ちで良いよ」

 

「香澄ちゃん、本当に良いんですか?」

 

「うん。さっきのもよくよく考えてみたらそこまで熱くなる事じゃ無かったし。大体高校の非公式試合で乗積魔法使って、しかも窒息乱流に熱乱流のマルチ・キャストなんて、どう見てもやり過ぎでしょ。司波先輩の言う通りだよ」

 

「……香澄ちゃんがそう言うのでしたら」

 

 

 香澄が達也の方へ歩いて行き、その後ろを泉美がついて行く。

 

「司波先輩、ご迷惑をおかけしました。ただ、一言だけ良いですか」

 

 

 謝罪だけで終わらないのが香澄らしかった。

 

「なんだ」

 

「私たちは魔法の制御を失っていませんでした。あそこで試合を止めたのは先輩のミスジャッジです」

 

 

 強がりである事は誰の目にも明らかだった。早口でまくし立てて演習室から出て行く姉を、泉美は達也と交互に見て本気で困惑していた。

 

「あ、あの……」

 

「泉美」

 

「はひっ!」

 

 

 予想外というわけでもなかっただろうに、達也に名前を呼ばれて泉美が飛び上がるようにして背筋を伸ばして応えた。その直後、舌をもつらせてしまった事を恥じて俯いた。

 

「香澄に伝えておいてくれないか。不満なら何時でも相手になると」

 

「……承りました。先輩、ありがとうございます」

 

 

 自分が舌をもつらせた事を笑う事も、香澄の強がりに呆れる事も無く、達也が穏やかな顔で気遣ってくれた事に、泉美は深々と腰を折った。顔を上げた泉美は、何故かその場に留まっていた。

 

「なんだ?」

 

「私、先輩の事を見直しました。深雪お姉さまのお兄様なだけはお有りなのですね」

 

 

 ツッコミどころ過剰積載で荷崩れを起こしそうなセリフだったが、彼の背後では達也を漸く認めた泉美に「うんうん」と頷く深雪の姿があった。




精神的にフルボッコ……

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