劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすが悪い人……


悪だくみ

 琢磨は基本的に不機嫌な顔をしている。少なくとも小和村真紀の見る七宝琢磨はそんな少年だ。入試で主席を取って新入生総代に選ばれた事を話している時も「機嫌が良い」という顔はしなかった。

 だが今日は何時にもまして不機嫌だった。自分では何時も通りの顔をしているつもりかもしれないが、真紀にとっては一目瞭然だ。表情作りのプロである女優、しかも生来の美貌以上に喜怒哀楽好悪愛憎をスクリーンへ思うがまま映し出す「顔」の演技力で若手ナンバーワンの座を勝ち取った真紀の目は誤魔化せない。

 

「琢磨。私、今日晩御飯まだなのよ。軽く付き合ってくれない?」

 

「こんな時間からか? 美容に良くないんじゃないか?」

 

「だから軽く、よ。もう殆ど出来ているから、持ってくるわね」

 

 

 琢磨が「太るぞ」とかそういう失礼な事を口にしなかった事に心の中でプラス点を付けながら、真紀はダイニングへ引っ込んだ。彼女が持ってきたのは薄切りにしたバゲットに生ハムやサーモンやトマトやアボガドなどの具を載せたオードブルだった。確かに見た目は軽いが、カロリーまで軽いかどうかは保証の限りでは無かった。

 お皿に盛った「軽い食事」の殆どを琢磨が平らげたところを見計らって、真紀は「包容力のある姉」の声で話しかけた。何時もなら自分の弱みを見せたがらない琢磨が、今夜は何故か多弁だった。

 ちなみに、響子が音声出力を切り替えたのはこの時点だ。

 

「……そう、そんな事があったの。琢磨、悔しかったのでしょうね」

 

「悔しくなんてない! 最初からフェアな勝負じゃなかったんだ! あのまま続けていれば俺が勝っていた!」

 

「もちろんよ、琢磨。本当なら貴方が勝っていた。貴方は勝者に相応しい経緯と賞賛を勝ち得ていたはずだわ。そうならなかったのはきっと、運が悪かったの」

 

「運が悪かった……?」

 

「そう、運も実力の内なんて言うけど、あれは正しくないわ。真の実力者は運なんて関係なく、最後は勝つ。でも一つ一つの小さな勝負は、運に左右される事があるのよ。私だって巡り合わせが悪くて役を盗られた事が何回もあるわ。だから大丈夫よ、琢磨。昨日は偶々運が悪かっただけ。そんな小さな勝負に貴方の将来は左右されたりしないわ」

 

「そうかな……」

 

「そうよ。だから元気をだして」

 

 

 真紀は琢磨の手を自分の膝の上へ導いた。色仕掛けは彼女の主義に反していたが、弱気な琢磨は真紀の遊び心を刺激するものだった。

 琢磨の手が真紀の膝から少しずつ太ももへ滑って行く。真紀がそう動かしているのだ。彼女が着ているのはルーズな前開きのワンピース。スカートの裾こそ長いが胸元が大きく開いており、生地も素肌が透けて見える程薄い。スカート越しに真紀の素肌の感触が伝わってきて、ただでさえ緩んでいた琢磨の自制心を削り取っていく。

 琢磨は真紀の手を振り払って彼女の太ももから掌を離した。次の瞬間、彼の手は真紀の両肩を掴んでいた。自分を押し倒す力に、真紀は形ばかりしか逆らわなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人のやり取りを盗聴していた響子が、面白がっているような声を上げた。

 

「あらあら、何だか凄い展開になっているわね」

 

「これは好都合かもしれません」

 

「あら、何を企んでいるの?」

 

 

 盗聴器を通して聞こえてくる湿った声を聞きながら、達也は至極ドライな口調でそう応え、響子は楽しそうな顔のまま興味深げに達也へ問いかけた。

 

「つい最近、女性芸能人による少年買春がマスコミを騒がせたばかりですからね」

 

「……脅し?」

 

「偶にはこちらも、マスコミを利用しても構わないでしょう」

 

「……よくもまあ、そんな事をすぐに思いつくものだね」

 

 

 技術が絡めばどんな悪辣な仕掛けも思いつく真田が、引きつり気味の顔で感想を述べたが、「すぐに」にアクセントを置いたのを見ると、時間を掛ければあれも思いついたと考えているらしかった。

 

「実行犯になると学校側の受けるダメージが大きすぎて交渉材料に使えなくなるかもしれませんので、未遂の内に踏み込むとしましょう」

 

 

 響子と真田の反応にもまるで動じず、達也は淡々と提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琢磨に組み敷かれながらも、真紀は異変に気が付いた。ベランダのサッシが微かな音を立てて開いて行く。間違いなく、鍵が掛かっていたにも拘わらず。それ以前に、ベランダには法で許されるギリギリの攻撃力を備えた防犯装置が設置されていたのだ。

 

「誰か来て! 泥棒よ!」

 

 

 警報装置はなっていない。ボディガードも気づいていない。防犯装置を過信してシャッターを閉めていなかった事を激しく悔みながら、真紀は琢磨を押しのけて叫んだ。

 

「琢磨!?」

 

 

 床に転げ落ちた琢磨が真紀の叫び声に反応し、慌てて真紀が目を向けている方へ振り向いたが、彼が賊の姿を認めるより早く、彼は顔面に強い衝撃を受けて床に崩れ落ちた。

 琢磨が昏倒した理由に心当たった真紀は、咄嗟に口元を袖で覆った。撮影の小道具で偽物と共に本物を見せてもらった事のあった、極めて即効性の高い睡眠薬を仕込んだスポンジボールだった。

 窓の際には、折り畳まれた翼のようなものを背負った、蝙蝠をモチーフにした古い映画の怪人のような人影があった。

 

「お嬢様、ご無事ですか!?」

 

 

 真紀が賊――全身黒尽くめ・黒覆面の怪人を確認したタイミングで、二人の護衛がリビングに飛び込んできた。怪人が背負ってきた翼を床に落とすのを確認するや否や、護衛の女性たちが賊目掛けて踊りかかる。

 睡眠薬ボールは一つしか用意していなかったのだろうか。黒尽くめの賊はその場から動かず彼女たちを迎え撃った。それなりの手練の護衛だが、怪人の前には役に立たず、二人とも軽々と怪人に戦闘不能に追いやられてしまった。

 そして怪人は、ゆっくりと真紀の方へ視線を向けた。その下で転がっている琢磨には興味も示さなかった。




響子さんのポーカーフェイスにもヒビが入るお兄様の悪だくみ……
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