劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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琢磨フルボッコタイム再び……


十三束VS琢磨

 四月二十八日土曜日、午後三時。十三束と琢磨は服部に先導されて時間通りに第三演習室に現れた。この試合の審判は服部が務める事になっている。そして何の因果か、あるいは当然の成り行きか、達也は立会人として今日も琢磨の試合に関わる事になった。

 ところで達也の見たところ、琢磨に昨夜の後遺症らしきものは無い。肉体的なものだけでなく精神的なものも。あの女優がうまくフォローしたのだろうと考え、しかし同時にまだ「切れる」話はしていないという推測にも繋がる。当分様子見だな、と達也は思った。

 この場には他にも生徒会から深雪とほのか、風紀委員から沢木と幹比古と雫、部活連から桐原と錚錚たるメンバーが顔を出している。桐原に至っては木刀持参でCADの使用許可付きだ。

 

「今回、ミリオン・エッジに関しては使用制限を設けない」

 

 

 服部のルール説明を意識の半分で聞いていた達也は、その事だけハッキリ聞いた。おそらく琢磨が負けた時の言い訳を封じるのが目的なのだろうが、リスクが大きすぎるのではないかと琢磨は引っかかりを覚えた。

 

「(十三束先輩にはミリオン・エッジを完封する秘策があるのか。だが、俺はその上を行く!)」

 

 

 十三束がルールを承諾した事に不快感を抱いたが、自分にとって有利なルールなので不満を述べる事はしなかった。

 

「(一科生から魔工科に転籍したんだ、大した事無いんだろうさ)」

 

 

 十三束の強さはある程度知っているはずの琢磨だが、CADを必要としない魔法ミリオン・エッジを使う七宝家の人間は多かれ少なかれ魔工師を見下す傾向が見られる。そして琢磨はそれが顕著に見られたのだ。だから心のどこかで十三束の事も見下していたのかもしれない。

 服部が二人から離れ手を挙げる。当事者以外の誰も身動き一つ、物音一つ立てない。静まり返った室内は、服部がスウッと息を吸い込む音まで聞こえる。

 

「始め!」

 

 

 服部の声が、その静寂を破った。

 最初に動いたのは琢磨だった。十三束は動かなかった、と言う表現する方が正しいかもしれない。琢磨が「本」を開き、最初の数十ページを右手の指に挟み込み、そのページを纏めて破り取った――いや、彼が力を加えたのと同時に紙吹雪と化した。

 紙片の刃が十三束の手足にまとわりつき、その皮膚を裂かんとする。それと同時、十三束の全身から爆発的な想子光が迸った。八万の紙片は宙を這う力を失い、紙吹雪と化して散り散りに舞い落ちた。

 

「術式解体だって……? 達也以外にもあれを使える人がこの学校に……? しかも同級生だって……?」

 

 

 呆然と呟いたのは幹比古。同じ部活である沢木は当然の事として、服部も桐原も達也も驚いてはいない。だが、他の三人、深雪、ほのか、雫には大小の違いはあれ驚きがみられた。

 

「接触型の、を前に付けるべきでしょうね」

 

「その通り! さすが司波さん、良く分かるものだ!」

 

 

 驚きながらも幹比古の言葉を補足した深雪に、沢木が必要以上に力強く頷いた。

 

「それにしても十三束め、随分と気合いが入っているな」

 

 

 十三束が特別ルールを言いだしたのはこの技術に自信があったからだと言う事は沢木は理解していた。だから沢木は十三束の術式解体に備えていたのだが、今日の十三束は彼の予想を超えて眩しかった。それが沢木には愉快だったのだ。

 沢木には、少年の心を失っていないところが少なからずあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミリオン・エッジは十三束に通用しない。たった一度の攻撃で琢磨はその事を思い知らされた。

 

「(いや、正面から攻めたのでは通用しないというだけだ! 魔法は使い方次第だと一昨日学んだばかりじゃないか!)」

 

 

 琢磨はそう念じて自分を奮い立たせた。だがそんな琢磨は今隙だらけだった。その気になればすぐに試合を終わらせると十三束には分かっていたが、それでは意味がない事も理解していた。

 琢磨が空気弾を発動し、自己加速の魔法を使って十三束の側面へ回り込もうとした。空気弾は目晦まし以上の効果を期待したものでは無く、琢磨自身も空気弾で十三束が倒せるとは思っていなかった。

 だが琢磨が移動した先には十三束が待っていた。

 

「ガフッ、ガッ」

 

 

 ボディブローとフックのコンビネーション。踏ん張る事も出来ず、琢磨は床に転がされた。発動媒体の本を手放さなかったのはせめてもの意地だった。琢磨は片膝を突いた体制で左手の本を開いた。

 初撃の八万に倍する紙片が十三束へと襲い掛かる。今度は四本に分かれてでは無く一本に集中させて。群体制御は「群れ」の数を増やすほど干渉力が落ちて行く。四つに分けていた魔法力を一つに束ね、琢磨は正面から十三束の術式解体に挑んだ――と見せかけて、本命は時間差で放った次の一撃にあった。

 十三束の放つ想子の輝きに十六万の紙片がらなる紙吹雪が紙屑となって床に落ちる。その白い雲を突き破るように、時間差で解き放たれた二十万の刃が竜巻となって十三束の足下から襲い掛かる。

 

「(決まった!)」

 

 

 この時、琢磨には術式解体と接触型術式解体の違いを理解していなかった。二十万の刃は十三束の身体に触れた途端、二十万の紙屑となった。

 

「なっ……」

 

 

 術式解体は大量の想子を一気に放出する技で、この間隔で連発出来るはずがないと琢磨は思っていたのだが、それは琢磨の願望だったのだった。呆然と立ち尽くす琢磨に、十三束は今度こそ決定打となる一撃を入れた。

 

「それまで。勝者、十三束」

 

 

 服部の勝ち名乗りを受けて、十三束は軽く一礼した。そして床に崩れ落ちている琢磨の横に膝をついた。

 

「七宝、意識はあるか?」

 

「あります」

 

「では立て。少し壁際で休んでいろ」

 

「――はい」

 

 

 敗北感に打ちのめされている琢磨は、何故そんな指示を受けるのか分からないまま十三束の言葉に従った。立会人の並ぶ側とは反対側に歩いて行き、壁に背を預けそのままずるずると床にへたり込んだ。琢磨がこちらを見ているのを確認して、十三束は達也の前に歩み寄ったのだった。




原作より観客多めで

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