劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これで成長すれば良いんだが……無理だろうなぁ……


求める強さ

 ロボ研のガレージの奥、野外演習場と隣り合う空き地は、滅多に人が来ない格好の密談場所となっている。しかし琢磨はそれと知ってここに来たのではない。人目を避けて走っていたらこの場所にたどり着いただけだった。

 

「くそっ、くそっ、くそうっ!」

 

 

 高ぶる感情を抑えきれなくなり、琢磨は右手で大きな木の幹を殴り始めた。何度も何度も、拳を叩きつける。

 

「やめなさい、七宝。血が出てるじゃない」

 

 

 罵る声が震えはじめた頃、背後から彼を呼ぶ声がした。勢い良く琢磨が振りかえると、そこには呆れ顔の香澄が立っていた。

 

「七草、お前っ!」

 

「あーっ、勘違いしないでね。別につけてきたとかじゃないから。私がここにいるのは全くの偶然よ」

 

 

 そう言い終えると、香澄は眉を顰めて七宝に歩み寄った。ハンカチを取り出して包帯の形に折り畳むと、自分を睨みつける琢磨の手を取った。

 

「何をっ!」

 

「あーあ……ずる剥けじゃない」

 

 

 出血に顔を顰めながら、香澄は動揺する琢磨の右手にハンカチを巻き付けた。

 

「悪いけど、治癒魔法はまだ許可が下りてないからね。ちゃんと保健室に行きなさいよ。あっ、そのハンカチは返さなくて良いから」

 

「………」

 

 

 じっと動かない琢磨の前で、香澄は深いため息を吐いた。

 

「随分派手に負けちゃったみたいだね。やっぱ上級生の壁は厚かったか」

 

「……何故だ」

 

「んっ、何が?」

 

 

 漸く得られた反応に、香澄は何となく合いの手を入れた。

 

「何であいつらはあんなに強いんだ! 同じ高校生だろう!? たった一年しか違わないじゃないか! それなのにあいつらは何であんなに強いんだよ!?」

 

 

 悲痛な叫び。血を吐くような、とはこんな声を言うのだろうなと香澄は思った。「あいつら」が誰を指すのか、香澄は何となく分かったような気がした。

 

「理由なんて無いんじゃない?」

 

「なにっ?」

 

「強いから強いんだよ、きっと。そうねぇ……あえて理由を探すなら、強くなるように頑張ったからじゃない?」

 

「俺だって!」

 

「うん。きっとアンタも頑張って来たんでしょう。私だって努力してるわ。でも、あの人たちの方が強いってことは、あの人たちの方が頑張ったって事じゃないの? 才能は否定しないよ? 私だって自分の力は大部分才能のお陰だって思ってるからね。でも、アンタがショックを受けたような『強さ』はきっと才能とは別のところから生まれるんじゃないの? まっ、私は『強さ』ってヤツにあんまり興味が無いんだけど。アンタが強くなりたいってんなら、それはアンタの問題。七宝の強さは七宝だけのものだよ、きっと」

 

 

 セリフ通り、香澄はあっさり背を向けて琢磨の視界から消えて行った。琢磨はもう一度、今度は拳では無く掌で自分が憤りをぶつけていた木の幹を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 服部をはじめとする部活連のメンバーと別れ生徒会室へ戻った達也は、自分のデスクに座り通信機能を立ちあげた。目にもとまらぬスピードでキーボードの上を駆け抜けた彼の指が作製したメッセージの宛先は、同じ部屋の中にいた。

 

『イエス・マスター』

 

 

 対象を達也にだけ絞り込んだ能動テレパシーで応えが返る。

 

『データの改竄は出来ているか』

 

『ご命令の通り、リアルタイムで偽のデータを記録させました』

 

 

 他の生徒会役員の耳を憚る筆談は、彼の望んだ答えをもたらした。

 

『マスター。私は貴方のお役に立てましたか』

 

『ああ、ご苦労だった。今日はもう休め』

 

『イエス・マスター。サスペンド状態に移行します』

 

 

 彼の秘密を守り通した魔性を労い、人形に休止を命じて達也は通信記録を抹消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰り暫く時間が過ぎた頃、響子からの通信が入った。

 

『この間達也君が消し去った飛行船だけど、やっぱり盗難されたものだったわ』

 

「盗難、ですか」

 

『無頭竜の残党が関係してるって考えも正解。リチャード=孫の甥の従兄弟に当たる人物が強奪犯を率いていた事も確認出来たわ』

 

「甥の従兄弟、ですか……」

 

 

 殆ど他人ではないか、という言葉を達也は呑みこんだ。おそらく響子も同じことを考えているだろうと容易に想像出来たからだ。

 

『それからもう一つ、こっちの方がきな臭いけどね』

 

「何でしょうか?」

 

『七草家の当主が、今回の黒幕と思わしき人物と接触しようとしてるらしいのよ』

 

「それは確かな情報ですか?」

 

 

 七草家当主、七草弘一はマスコミを利用し非魔法師運動を煽ったりと今回達也に対してありがたくない行動を見せている。その七草弘一がまた余計な事をしでかすのであれば、達也は本気で真夜を頼る事も頭に入れている。

 

『詳しい事は分からないけど、独自に調べているって事は確かよ。何を企んでいるのかは分からなかったけど』

 

「そうですか……マスコミ誘導だけでは満足出来なかったのでしょうか?」

 

『その事だけど、どうやら私の祖父も一枚噛んでたようなのよね。噛んでいた、と言うより黙認していた、って言った方が正しいようだけど』

 

「老師がですか……出来れば止めていただきたかったですね」

 

 

 もし九島烈が七草弘一の行動にまったを掛けていれば、達也はあのような手の込んだ実験をする必要は無かったのだ。実験を行った事を後悔はしていないが、あの実験の所為で要らん注目を浴びたのも事実だ。

 

『かさねがさねゴメンなさい。達也君には色々と迷惑をかけちゃって』

 

「別に藤林さんが悪いわけじゃないですよ。それに、こっちも色々と考えていましたし」

 

『そうなの? まぁ、とにかく七草家当主には気を付けておいた方が良いわよ。真由美さんは関係してるのかどうか分からないけどね』

 

「あの人は関係してないと思いますよ? 父親と仲が悪そうでしたし」

 

 

 吸血鬼騒動の時、真由美が父親について語る表情を思い出して、達也はそう判断していた。響子も達也の推測に納得が行ったのかそれ以上何も語らなかった。通信が切られ、達也は一人部屋でため息をこぼすのだった。




ダブルセブン編、終了です

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