達也との噂が広まり、香澄はうんざりしていた。事実は達也にCADを調整してもらった事と、今度また付き合ってもらう約束をしただけなのに、何故か達也と付き合っているという噂になっているのが、香澄には理解出来なかったのだった。
「何でボクと司波先輩が付き合ってるって噂になってるんだろうね? 泉美は何か知らない?」
「そうですね……香澄ちゃんが司波先輩に『付き合って下さい』と言っているのを見たという女子生徒がいるらしいですが」
「ボクは『また調整に付き合って下さい』って言ったんだけど」
「後半しか聞こえなかったんじゃないですか? てか、香澄ちゃんがさっさと弁明していればここまで噂が広まる事も無かったんじゃないですか? 司波先輩が収束させてくれましたから良いですが、もう少しで深雪先輩が暴走したんですから」
「だってボクに聞いてくれれば否定のしようもあったけど、周りでコソコソ噂するだけで本人に確かめて来ないんだよ? 自分から否定するのもおかしいしって考えていたらあんな事になってたから……」
まさか一日で学校中に噂が広まるなど香澄は思っていなかったのだ。上級生からは睨まれ、同級生からは羨ましそうな視線を向けられて、香澄は今日一日を居心地の悪い気分で過ごしていたのだった。
家に帰ってから泉美に何故こんな目に遭わなければいけなかったのかと愚痴る為に、彼女は妹の部屋を訪れていたのだ。そこで自分の行動が逆に噂を加速させていたのだと理解させられたのだった。
「否定しなければ肯定したと思われるんですよ。事実そんな事が無くても、否定されなければドンドン尾ひれが付いて広まっていくんです」
「そうみたいだね……まさかボクと司波先輩が婚約してるなんて噂になるなんて思っても無かったよ……」
風紀委員会本部で香澄は、雫から物凄い睨まれてその噂を知ったのだった。雫から聞いて慌てて否定し、達也からも事実無根だと言う事を知らされて漸く雫は香澄を睨む事を止めてくれたのだった。おそらく生徒会室でも同様な事が行われていたのだろうと、先ほどの泉美の言葉で香澄は理解したのだった。
「まさか学外にまでは噂されてないよね?」
「おそらく大丈夫じゃないですか? 学内で収まったと思いますが……」
『泉美ちゃん、香澄ちゃんいる? ちょっと聞きたい事があるんだけど』
「お姉さま? 開いてますよ」
部屋に真由美が訪ねてくる事は滅多にないが皆無でも無かったので、泉美は特に気にする事無く真由美を部屋に招き入れた。その事が今日一番の失敗だったと、後で思い知る事になるとも知らずに……
「香澄ちゃん! 貴女達也君とベッドインしたって本当なの!?」
「はぁ!? 何言ってるのさ! そんな事あるわけないでしょ!」
「……どうやら学外にも噂は流れてたようですね」
開口一番そんな事を言った真由美を見て、泉美はその事実を理解した。理解させられた。つまりは達也にも似たような質問がされるかもしれないという事だ。それはつまり、敬愛する深雪が再び暴走するかもしれないという事で、泉美は何故だか寒気を感じたのだった。
翌日の風紀委員としての見回りの最中、香澄はひそひそと自分を見ながら喋る上級生からの視線に耐えていた。噂は達也が否定してくれたおかげで収束したが、面白半分で噂話を続ける上級生は存在するのだった。
「(あーあ、同級生なら文句言えるんだけど)」
好奇の目、あるいは嫉妬の目を向けてくる上級生を無視しながら、香澄は見回りを続けていた。人の噂なんてすぐに消えるだろうと思っていた香澄だったが、自分が噂される立場になるとこれ程辛いのかと耐え忍んでいるところに、数人の上級生が香澄の前に立ちはだかった。
「なんですか?」
「貴女、司波君を誑かしたんですってね?」
「七草先輩の妹さんだからって調子に乗ってるんじゃないわよ」
「別に調子に乗ってませんし、誑かしたりもしてません」
「火の無いところに煙は立たないのよ。貴女が司波君に何かしたからこんな噂が流れてるんでしょ!?」
上級生はヒステリックを起こしていると、香澄は冷静に分析したが、こんな事を言われて大人しくしていられるほど、香澄のブレーキは強力では無かった。
「だから、何もしてないって言ってるでしょ! 司波先輩だってそう言ってるんだし、それが事実だって何で分からないかな? それとも、自分たちは話す事すら出来ないのに、後輩の私が司波先輩と話してるのが気にいらないの?」
「何ですって!? やっぱり貴女生意気なのよ!」
「何をしている?」
上級生が掴みかかろうとしたタイミングで、香澄の背後から男子の声が聞こえてきた。もしかしたら誰かが騒ぎを聞きつけて連絡したのかもしれないなと、香澄は勝手に男子が風紀委員だと思い込んだのだった。
「し、司波君……何でここに……」
「上の廊下から複数で後輩を囲んでるのが見えてな。気になって下りてきただけだ。それで、何が原因で香澄を責めていたんだ?」
「そ、それは……」
「な、何でも無いわよ。ね?」
達也が現れたからか、上級生たちはオロオロとし始め、なんにも無かったと香澄にも証言させようとしてきた。だが、ここで上級生たちをフォローする義理は香澄には無いように感じられたのだった。
「例の噂を信じて私に詰め寄って来たんですよね? 自分たちは会話出来ないのに私は――って思ったんですよね?」
「香澄、無駄に煽るな。面倒だ」
「でも先輩! ボクはこれ以上根も葉もない噂で絡まれるのは御免なんです! 先輩が否定したおかげで収束はしましたが、こうやって絡んで来る輩がいるのは事実なんですから」
達也に食って掛る香澄だったが、達也が香澄の頭に手を置き、軽く撫でるようにポンポンと叩くと大人しくなった。
「噂なんて無視すれば良い。そうすれば勝手に消えて行くんだ」
「わ、分かりました……」
どう反応すれば良いか、香澄は瞬時に考えられず、とりあえず頷いたのだった。
色々とぶっ飛んでる真由美さん……