十三束との模擬戦を終え、生徒会室に戻り仕事をしている達也に、一本の視線が突き刺さっていた。達也は気にする事無く作業を続けていたが、何時までも視線を向けている人物の仕事が捗らないので、会長であるあずさが視線の主に声を掛けた。
「あの、光井さん?」
「はい、なんですか会長」
「さっきから司波君をずっと見てましたけど、何かあったのですか?」
視線の主――ほのかに恐る恐る声を掛けたあずさだったが、何故弱腰なのか達也には理解出来ていなかった。
「何でも無いですよ。それよりも会長、仕事が溜まってますから急いで終わらせましょう」
「……そうですね。早く終わらせて帰りましょう」
ついさっきまでほのかが仕事をしていなかったので注意しようとしたのに、何故かあずさが励まされてしまい、複雑な表情を浮かべてあずさは自分の席に戻った。あずさがダメとなると次は五十里かと視線を向けると、五十里は笑顔であずさの視線から目を逸らした。
泣きそうな顔で達也を見てきたあずさに、深雪が機嫌を急激に傾け出したのを肌で感じた達也が解決に動く事になった。
「ほのか、心配しなくても耳は大丈夫だ。それに、ほのかが会長に言ったように仕事が溜まってるんだ。心配はありがたいがほのかも手を進めてくれ」
「分かりました……でも、後で確認させてくださいね」
達也とほのかの関係は、生徒会室にいる全員が把握している事だが、それでも深雪にとっては面白くない事なのだ。妹の機嫌が傾いているのを感じている達也は、視線で深雪を宥め仕事に戻る事にしたのだった。
「会長、これで終わりです」
「やっと終わりが見えましたね。司波君が最後まで手伝ってくれたから終われた気がします」
本来なら達也は自分の分の仕事だけを担当しているのだが、今日に限ってはあずさや泉美の仕事を手伝っていた。理由は、自分たちが抜けていた所為で仕事量が増えているからだ。まぁ、達也は二回とも巻き込まれただけで、そこに彼の意思は介在していなかったのだが抜けていた事は事実だ。その辺りの責任感の強さも、あずさは頼もしいと思っていたのだった。
生徒会の仕事を終え、それぞれが帰宅するのだが、達也は深雪や水波とは違うキャビネットに乗り込んでいた。明日は日曜日で学校は休み、そして達也には珍しく予定が入っていないのだ。そんな日があるのなら、恋人であるほのかが達也を独占しようとするのは、ある意味当然の流れだと言えるだろう。自分の家に達也を招き、そしてそのまま次の日はデートという流れを組んだのである。
そしてほのかの家に到着してすぐ、ほのかは達也に飛びかかろうとする勢いで詰め寄った。
「達也さん、本当に耳は大丈夫なんですか?」
「だから問題無いって。巻戻す必要も無くあの攻撃は対処したからね」
達也の魔法『再成』を使う必要は無かったという事で、ほのかは漸く胸を撫で下ろし達也の方に倒れ込んできた。
「良かったです。私てっきり達也さんは魔法を使って対処したんだとばっかりに……」
「十三束の狙いはハッキリと分かってたからね。飛ばされる事で距離を取って対処したんだよ」
「ですが、学校であんな魔法を使って大丈夫なんですか?」
もう一つの魔法『分解』を使った事はほのかにも分かっていた。先日の琢磨VS香澄・泉美戦の時にも使っているのは気づいたが、他の人に知られるわけにもいかないので表向き使える魔法を使って止めたのだろうと思う事にしていたのだった。
「リアルタイムでピクシーに偽のデータを記録させておいたから問題は無い。気になってデータを調べた人間がいたとしても、そこから俺の魔法に辿りつける人間は一高にはいないだろうね」
「そうですか……良かったです」
ほのかを除けば、達也の真実を知っているのは深雪と水波の二人だけだ。達也の身内であるその二人が、率先して達也の秘密をバラすはずもないし、自分が口を割らなければ達也は高校生で居続ける事が出来るのだと安心したのだ。
「心配させて悪かったな。今日は出来るだけほのかの言う事を聞くよ」
「本当ですか? 絶対ですからね」
「あ、あぁ……俺が叶えられる範囲でなら、だけどな」
「十分ですよ! というか、達也さんにしか叶えられません」
急に勢い付いたほのかに、達也は若干気圧された感じで続きを促した。ほのかの性格を理解してなお、達也はこうやってほのかの勢いに気圧されるのだった。
「まずは一緒にお風呂に入ってください。それからご飯を一緒に食べてそれから……」
「まだあるのか?」
「はい……一緒に寝てください。今までみたいに別の布団では無く同じ布団で……」
「ほのかが望むのであれば、俺はそれに応えよう」
深雪以外で達也が相手の言う事を全面的に引き受けてくれるのは、ほのかにとって嬉しい事だった。他人に興味を示さない達也が、自分の言う事を聞いてくれる、自分に興味を持ってくれる、それがほのかの心を満足させない訳が無かった。
「そう言えば達也さん、例のプレゼントはちゃんと一人の時に開けてくれましたか?」
「ああ。だが、あの写真の意味は何だったんだ?」
「えっと……達也さんの部屋でも深雪に負けないようにって……やっぱりおかしかったですよね?」
「いや、綺麗だったけど良く意味が分からなかったんだ。そうか、あれは深雪に対抗しての事だったのか」
うんうんと頷く達也の横で、ほのかは顔を真っ赤にしてうつむいていた。まさか綺麗だと言われるなんて思って無かったのと、理由を分かってもらえて無かった事で恥ずかしくなったのだ。
「さぁ達也さん! お風呂に入りましょう!」
「何で自棄になってるんだ?」
「なってません! 今日は達也さんに全身隈なく洗ってもらいます」
羞恥心の箍が外れたのか、ほのかは達也の目の前で服を脱ぎ始める。達也もそれを止める事無く、せめて脱衣所でとほのかを脱衣所まで運んだのだった。
雫とほのかは鉄板です