七草家から監視対象にされていたミカエラ・ホンゴウは、吸血鬼騒動が収まり反魔法師運動が下火になったタイミングで外出が許される事になった。もちろん、USNAと連絡を取ったり、不審な行動をした時点で再び監禁されると釘を刺されての事だ。
まず彼女が真っ先に向かったのは第一高校、それも生徒会室を目指しての行動だった。
「すみません、真由美さん。ワタシ一人では中に入るのは難しかったので」
「別に構いませんよ。どうせ監視を付けなければいけなかったんですから」
第一高校OGである七草真由美の連れとして敷地内に入ったミアは、お目当ての人を探すのに忙しいのかあちこちに視線を向けていた。
「……達也君なら生徒会室だと思いますけど」
「べ、別にシバタツヤさんに用事があるわけでは無いです! 助けてくれたお礼をしたくて来ただけです」
「ミアさんを助けたのは達也君と十文字君よ」
ミアがパラサイトに体を乗っ取られて、それを救出したのは達也本来の魔法と、その後でパラサイトから身を守ってくれたのは克人の魔法だ。その事はミアも知らされているし理解しているが、どうしても達也に会いたい理由はそこには無い事を真由美は知っている。
「達也君個人に会いたいんですよね? ちょっと待っててください」
そう言って真由美は通信端末を取り出し、二,三何かを話して端末を懐にしまいなおした。
「今から来てくれるそうよ」
「誰がです?」
「愛しの彼が」
「ッ!?」
「監視付きのデートになるかもしれないけど、私の事を蹴り殺さないでくださいね」
自分も達也の事を想っているので、このデートの監視役は自分が何が何でも務めると心に決めている真由美は、ミアには気づかれないように小悪魔的な笑みを浮かべて冗談を言い放ったのだった。
お礼という名目で達也を連れ出したミアは、何を話していいのか分からず俯いていた。
「ゴメンなさいね、達也君。生徒会の仕事とかあるでしょ?」
「いえ、今日の分は既に終わらせていますし、急ぎの案件もありませんし」
「そうなの? やっぱり今年の生徒会役員は優秀ね」
「七草先輩の妹さんもいますからね」
達也の事をからかおうとした真由美を、達也は泉美を使ってからかい返す。達也にそのつもりは無かったのだが、真由美は盛大に照れて顔を背けたのだった。
「そう言えば、まだアメリカには帰らないのですか?」
「まだワタシがあの事件に自分の意思で介入していなかった証明が出来てませんので」
「パラサイトに体を乗っ取られていた事は証明出来たはずですよね? 七草家は何を考えているのですか」
「私にも分からないわよ……あの狸親父の考えてる事なんて」
真由美の表現が面白かったのか、ミアは口元を隠して笑いだした。その姿が以外だったのか、達也と真由美は顔を揃えて首を傾げたのだった。
「何か笑う箇所がありましたか? さっきまで緊張してたミアさんがそこまで笑うなんて、何かあったとしか思えないんですけど」
「ゴメンなさい、ちょっとマユミさんの表現が面白かったので」
「私の? 何かおかしなこと言ったかしら」
本気で分からないという風の真由美に、達也がそっと耳打ちをした。
「おそらく『狸親父』という表現が、ミアさんには珍しく面白いものだったのではないでしょうか」
「あぁ、それなのね……別に面白いとかそういうのじゃないんだけどな」
本気でそう思っている真由美としては、その表現を面白いものと取られたのが不満のようだった。頬を膨らまして明後日の方を向いている姿は、不貞腐れているようにしか見えなかった。
とりあえず腰を落ち着かせる為にと、真由美がカフェへ入る事を提案し、達也とミアもそれに従った。そもそも断る理由が無いのだが、男一人に美少女二人という構図は、それなりに注目を集めるのだ。
「やっぱり見られてるわね……」
「仕方ないですよ。先輩たちは美少女ですし、俺みたいな普通の男子が二人を引き連れてるのは面白くないのでしょう」
「美少女って、達也君はお姉さんたちを少女だと思ってるのかな?」
「失礼しました。先輩たちは美人ですので」
「い、言い直さなくて良いわよ……」
からかおうとして再び返り打ちにされた真由美を他所に、ミアは本気で照れているようで先ほどから俯いて一言も発していない。そんなミアを達也は黙って見ている。
「そう言えば達也君、民権党の神田議員を撃退したんでしょ? 見事な実験だったってマスコミが騒いでたわよ」
「あの実験でヒステリックを起こしたマスコミを利用して、逆の情報操作をしようと思ってたんですが、思ってた以上に影響があったようでして」
「悪い人ね、達也君は」
「知ってます」
小悪魔的な笑みで見詰めた真由美に対し、達也は悪魔の笑みを浮かべて見詰め返した。
「達也君、怖いわよ……」
「悪い人、ですからね」
「ゴメン、まさか気にするなんて思って無かったのよ……」
ミアをいない者として進められる会話に、ミアは耐える事が出来なくなってきていた。
「あ、あの」
「はい、何でしょう?」
「助けてくださって本当にありがとうございます。何かお礼をと思っているのですが、生憎ワタシには何もありません」
「別に気にしなくても良いですよ。あの場所で事件が起こったので対処しただけですので」
実際達也は、自分たちの生活空間に侵入してこなければ何をされても構わないと思っているのだ。表面上はレオが襲われたから手伝っていたが、深雪に害が無ければパラサイト問題などに首を突っ込むつもりは無かったのだ。
「それではワタシの気がすみません! でも、渡せるものなんてありませんので……ワタシの全てを差し上げます」
「ちょっと! ミアさん、何を言ってるのか分かってるんですか!?」
「もちろんです。シバタツヤさん、ワタシを受け取ってください」
「そうなると監視である私も達也君にもらってもらう必要があるわね。達也君、二人同時に相手出来るかしら?」
今度は達也も反論出来ないようで、真由美は今日一の小悪魔的な笑みを浮かべたのだった。
真由美も美味しい思いしてないか、これ?