放送室をエガリテの数人が占拠した翌日、達也と深雪は駅である人物を待っていた。
「あら? 達也君に深雪さんじゃない、如何かしたの?」
「昨日の一件が如何なったのか気になりまして」
この言葉に真由美は驚いた表情を浮かべた。
「意外ね。達也君がそんな事を気にするなんて。他人に興味の無い人だと思ってたわ」
「概ねその通りですが、如何やら他人事では無くなってるようなので」
エガリテの目的は知らないが、紗耶香の目的は達也を仲間に入れる事だろうと確信している為にわざわざ駅で真由美を待っていたのだ。
「相手の情報を得るのも大切な事ですし、会長が一人で片付けられる問題とも思えませんしね」
「それってお姉さんが無能だって言ってるの?」
身長差もあるが、腰に手を当てて達也を見上げてる真由美は、傍から見ればからかっているようにも見える。それが達也と真由美の本意か如何かは置いておくとしても、深雪には若干楽しそうにしてるように見えたので、忽ち周りの空気を凍らせ始めた。
「別に有能無能は言ってませんよ。唯単に一人で解決出来る規模では無いと申し上げただけです」
「そっか……確かに一人では身に余るわね」
腰に当てていた手を元の位置に戻し、真由美は身を翻して前に歩き始める。達也は黙って後ろについて行ったが、深雪は若干出遅れた。あまりにも自然に二人が自分を無視した為、一瞬思考がついていかなかったのだ。
真由美の話では、彼らの目的は一科生と二科生の差別の撤廃だそうだが、具体的な意見は何一つ出てこなかったそうだ。
「それで、明日講堂で討論会を開く事にしたの」
「随分と急ですね」
「善は急げってね! 相手の考えを聞くには良い機会だし、単純な論争なら負けないもんね」
「何だか会長、楽しそうですね?」
ずっと黙って聞いていた深雪だったが、真由美の態度がまるで遊ぶのを心待ちにしているように思えたのでそう尋ねた。
「そうね。もしあの子たちが私を言い負かすだけのしっかりとした根拠を持ってるのなら、これからの学校運営に役立てるじゃない?」
真由美の発言に、達也は苦笑いを浮かべた。まるで言い負かされるのを期待しているように感じたからだった。
討論会が開かれる事は、あっという間に全校に知れ渡り、改革派は仲間を集める為に必死に勧誘をしていた。
「差別撤廃ね~、達也君は如何思う?」
「本当の意味で目指してるのなら、こんな行動はとらないだろ。共感してもらえる理想では無いからこうやって同士を集めてるんだろうな」
「相変わらず考え方が大人ね」
「そうか? よく捻くれてるとは言われるんだが」
「アタシたちから見れば、達也君の考え方は大人なのよ。高校生ではそんな考え方は出来ないからね」
聞き方によっては、達也が高校生では無いと言ってるように聞こえるのだが、決してエリカにそのような意思は無い。達也もその事が分かってるので深くは追求しなかった。
「おい達也」
「レオ、如何かしたのか?」
「いやな、廊下で美月が上級生に話しかけられてるんだが、助けた方が良いのかと思って」
「馬鹿ね、自分で助ければ良いじゃない」
「達也なら風紀委員だからある程度穏便に済ませられるかもしれねぇかと思ったんだよ!」
「……そうね、アンタじゃ短絡思考ですぐ暴力に走りそうだしね」
「ぁんだと!」
「なによ!」
また始まった言い争いにため息を吐いた達也だったが、美月の事が気になったのでこの場は放置を決め込む事にした。クラスメイトも少ないこの時間なら、別にこの二人が言い争っていてもそこまで迷惑も掛からないだろうと判断しても事だった。
「あの……ですから私は……」
レオが言っていたように、美月は上級生に話しかけられている。話しかけられていると言うよりも、絡まれていると表現した方が的確な感じにまでなっていた。
「風紀委員の司波です。あまり長い間の拘束は迷惑行為と見なされる可能性がありますので控えて下さい」
割り込むように美月と上級生の会話をぶった切った達也は、そこで漸く相手の顔を見た。新人勧誘週間の時に、魔法で攻撃してこようとした男だった。
「そうか、それじゃあ今回はこれで。柴田さん、考えておいてくれよな」
そう言って男子は走り去るようにこの場から去って行った。
「今のは?」
「剣道部主将の司甲さんです。私と同じ、霊視放射光過敏症でとあるサークルに入って症状が和らいだから私も如何かって誘って下さったのですが、途中からちょっと強引に……達也さんが来てくれなかったら如何なっていたか、本当にありがとうございます」
「お礼ならレオに言ってやってくれ。美月が絡まれてるのを見て報告してくれたのはレオだからな」
「レオ君が? でも、レオ君が来ても解決出来たのでは……」
当然の疑問に、達也は苦笑いを浮かべた。さっき自分もその事を確認したのだから、美月と感性が似ていると思ったのかは定かでは無い。
「レオが言うには、穏便に済ませるには俺の方が良いらしい」
「そうですね、確かに」
妙に納得されてしまった事に、達也はもう一度苦笑いを浮かべた。ただ頭の中では別の事を考えていたのだった。
夜になり、達也と深雪は八雲の寺を訪れていた。
「随分と暗いですが、先生はもうお休みになられてるのでしょうか?」
「いや、縁側に居る」
「さすが達也君だね。せっかく趣向を凝らしてみたのに」
「師匠が約束を違えて寝てるとは思いませんし」
達也の冷めた態度にため息を漏らし、八雲は自分の隣を指差す。
「とりあえず座って。話はそれからだ」
これで座禅でも組んでれば僧らしいのだが、八雲はそこまで殊勝な考えを持っては居ないのだ。
「先生? お休みになられて無かったのなら、何故灯りを点けてないんですか?」
「習慣だよ。僕は忍びだからね」
「それで師匠、早速なんですが」
無駄話の一切も許さない達也の態度に、八雲は苦笑いを浮かべる。
「随分と急いでるんだね」
「師匠の傍に深雪を置いておきたく無いので」
「それは心外だ。僕は僧だよ?」
「頭にナマグサが付くでしょ」
気の置けない関係だからこそこう言った会話が出来るのであって、会話の内容ほど二人の間には刺々しい空気は流れていない。
「それで、何を聞きたいんだい?」
「第一高校三年、剣道部主将司甲の事について」
「ああ、それなら知ってるよ。でも、僕に聞かなくても風間君に頼った方が早くないかい? 藤林のお嬢さんも居るんだし」
八雲のこの言葉に、深雪の肩がピクッと動いたのを、達也も八雲も気配で察知した。
「少佐に頼るのはちょっと……」
「そうだったね。叔母君と深雪くんが良い顔しなかったね」
おふざけは此処までで、この後は八雲は真面目に達也に情報を渡した。司甲はブランシュのリーダー、司一の義弟である事と、再婚当時はあまりなじんでなかったが何時の間にか親しい間柄になっていた事など、プライバシーを完全に無視した情報まで八雲は達也に話したのだった。
久々に八雲が登場、名前だけですが響子も出ました。