クラスが別になり、達也と話す機会も減ってしまったエリカは、常に不機嫌なオーラを纏っているように見えるらしい。その証拠にクラスメイトの殆どは彼女に話しかける事を躊躇っている。
「なぁおい」
「あによ?」
「何でそんなに不機嫌なんだ?」
彼女が不機嫌なのを知ってなお話しかけるのは、レオくらいなものだった。彼は別に空気が読めない訳では無く、感情の機微には意外に敏い方なのだ。だが乙女心が壊滅的に理解出来ずに、結果的に空気が読めない感じに取られてしまう残念な面がある。
「別に不機嫌じゃないわよ。それよりアンタ、課題大丈夫なの?」
「最悪達也に手伝ってもらうから問題無い」
男同士で友人なので、レオは比較的簡単に達也に物事を頼む事が出来る。エリカも普通なら気にしないのだが、相手が達也だとどうしても周りの視線が気になってしまうのだ。
「(ちゃんと恋人だって宣言してるのに、それでも達也君を好きな女子は減らない……むしろ増えてるような気がするのよね……)」
先の恒星炉実験を境に、達也の事を想う女子が増えたようにエリカは感じている。その証拠に、彼女に突き刺さる視線の数が日に日に増えているのだ。
「お前も達也のところ行くだろ?」
「へっ?」
「聞いて無かったのかよ……今年は忙しくて誕生日を祝えなかったからって、美月が提案してただろ」
「あ、あぁ……今日だったわね」
少し遅いが達也の誕生日を祝う為に、放課後は何時ものアイネブリーゼで集まる予定だったのをすっかり忘れていたエリカは、レオから見ても何処か上の空だった。
翌日に雫の家でパーティが開かれるので、この場に雫とほのかは来ていない。それでもかなりの大所帯ではあるのだ。達也を先頭に、深雪、エリカ、美月、水波、エイミィ、千秋、レオ、幹比古の九人で店の中へ入る。
「いらっしゃい。相変わらずモテモテだね、達也君」
「冷やかしなら結構です。それに、彼女がいる男にその言葉は適切ではない気がしますがね」
「彼女が出来ても、君の人気は相変わらずという事だよ」
マスターのからかいを適度にあしらい、達也たちは席に座る。それと同時にレオが何かに気づいたように話しかけてきた。
「達也、その顔の痕、どうしたんだ?」
「ん? あぁ、さっきまで十三束と模擬戦をしていたからな。その時に叩かれた痕だろう」
「十三束くんと? 達也君、何でそんな事になったの?」
詳しい事情を知らないエリカは、何故達也が十三束と戦わなければいけなかったのかが気になり、身を乗り出すように達也を問い詰める。
「七宝に俺の実力を見せる為らしいが、何故そうしなきゃいけなかったのか未だに分からん」
「お兄様を甘く見ている七宝くんに身の程を弁えさせる為ですよ」
「なるほど。七宝くんの話は聞いてたけど、達也君を甘く見るなんて命知らずもいい所よ」
妙に納得してしまったエリカを他所に、レオは少し不満げに幹比古を睨んでいる。
「俺にも教えてくれたって良かっただろ。何で幹比古だけ見学してるんだよ」
「僕は風紀委員として同行しただけだよ。それに、僕だって十三束くんと達也が戦うなんて思って無かったんだから」
あの試合の予定を知っていたのは上級生と十三束のみで、幹比古もその場で知らされたのだ。レオに教える事など出来るはずは無い。
「まぁいいけどよ。それで、どっちが勝ったんだ?」
「達也だよ。十三束くんも強かったけど、やっぱり達也は別格だよ」
「そうなんですか。達也さん、やっぱりお強いんですね」
「司波君は授業では評価されないけど、実戦や実戦を想定した戦いでは優等生だもんね」
美月と千秋が達也の事を褒めるのを見て、深雪は満足げな表情を浮かべていたが、それとは逆にエリカの表情は曇っていた。そんなエリカの心情を察知して、達也はエリカを連れて少し外に出る事にしたのだった。
「深雪、少し席を外すが気にしないでくれ」
「……分かりました。ですが、後で深雪にもお付き合いください」
「仕方ないね」
普通なら妹に見せるような笑顔ではないが、達也の場合は今更なので誰もツッコまない。視線でエリカを誘導し、達也はアイネブリーゼの外に出る。不満そうな表情ながらも、達也と二人きりになれたので、エリカの雰囲気はとげとげしいものから少し柔らかいものに変わっている。
「それで、わざわざ連れ出してどうするの? このまま何処かに出かけるの?」
「さすがに主役がいなくなるのはマズイだろうし、それは出来ないが、こうしてエリカを感じる事は出来るだろ」
そういって達也はエリカをそっと抱きしめ、後ろ一つで纏めている髪を優しく撫でる。
「達也君、あたしが気にしてたの気づいてたんだ」
「当たり前だろ」
「そうだよね……こんな事が分からないんじゃ達也君らしくないもんね」
「他の人はさすがに分からないが、エリカが不機嫌なのは分かるさ。こうして付き合っているんだ、相手の感情には敏く反応出来る」
「深雪以外で、でしょ? 達也君は深雪の事、何でも知ってるんでしょうし」
「さすがに何でもでは無いだろ……むしろ、今はエリカの方が詳しくなってるかもしれないしな」
普通なら頬を染めながら言うのかもしれない事を素面で言う達也に、エリカの方が頬を赤く染め上げる。自分の事に詳しくなってくれるのはありがたいのだが、深雪以上となると、それこそ隠し事が出来ないくらい知られているという事なのだから。
「ねぇ達也君」
「なんだ?」
「達也君はミキからウチの事情は聞いてるんでしょ?」
「ああ。正妻の娘じゃないから、エリカは千葉家では肩身の狭い思いをしてると聞いた」
「うん。だからね、もしよければ達也君の家に居候させてもらえないかな? もちろん生活費は払うから」
「……別に払わなくても良いぞ。それに、部屋は俺と同じだろうしな」
達也が悪い顔をしてるのに、エリカは気づく事が出来なかった。それくらい、達也と同じ部屋で生活するという事は魅力的であり、同時に冷静な思考を奪うものだったのだ。
再び勃発、嫁VS小姑?