急遽予定された割に、討論会に出席している生徒は全体の半分と言った所だった。講堂を見渡した鈴音がため息交じりに冗談を言うほどに、この参加率は想像してなかったのだ。
「如何やら皆さんよほど暇なようですね。もう少しカリキュラムを増やすよう進言した方が良いのでしょうか?」
「市原、冗談を言ってる余裕があるのは良いが、あまり洒落に聞こえないぞ」
鈴音の冗談に苦笑いを浮かべながら摩利が応じた。摩利自身もこれほどまでに参加するとは思って無かったのだ。
「お兄様、壬生先輩のお姿が見えませんが」
「別の場所で待機してるのかもな。それとも……」
「達也君?」
急に目を細め遠くを睨んだ達也を、摩利は不思議そうに眺めていた。
「でも確かに、事前に調べ上げたメンバーの半分しか講堂に来てませんね。司波君の思ってる通り、別の場所に控えてるのかもしれません」
「実力行使組か……面白い」
「委員長、ご自分のお立場をお忘れなき用に」
「……分かってる」
達也に釘を刺された摩利は、不貞腐れたように短く答えた。
「此方から打って出るのはマズイよな?」
「専守防衛といえば聞こえは良いですが、向こうが仕掛けてこない以上此方からは仕掛けるのは駄目ですよ」
「始まります」
鈴音の言葉に、摩利も達也も口を閉ざす。真由美が一人で大丈夫と言ったので達也や摩利も舞台袖で見ているに止まっているが、本音を言えば摩利は壇上に上がりたかったのかもしれない。
「やはり真由美の独壇場だな」
「元々が言いがかりでしか無いですし、改革派メンバーには明確な資料がありませんからね」
真由美が予算配分や施設の使用時間などが明確に分かるグラフや表を使っているのに対し、改革派は何一つ明確な資料は無い。これじゃあ討論にすらならないのだが、真由美はこの際に言いたかった事があったようだ。
「私も今の現状を善しとは思ってません。ご存知のように、生徒会役員は一科生からしか選出する事が出来ず、確かに此処にも差別と言われるものが存在します。ですから私は、私の任期の間にこの差別を撤廃出来る様に務めたいと思ってます」
「ふ~ん……」
真由美の意思表示に対して、摩利は面白く無さそうに口を開いた。如何やら摩利は、真由美が自分に何も相談してくれたなった事が面白くなかったようなのだ。普段はお互いを悪友だと評しているのに、意外と気にしてるんだなと達也は摩利を眺めていながらそんな事を考えていたのだが、そんな暢気な気分はあっという間に無くなった。
「何事だ!」
「委員長、如何やら実力行使に出るようですよ」
「何!?」
達也がそう言った直後、轟音と共に講堂の扉が開いた。明らかに生徒では無い男たちが武装して突撃してきたのだ。
「風紀委員は直ちにマークしていたものを取り押さえろ!」
部下に指示を出しながら、摩利は進入してきた男共のマスクの中の酸素を奪った。毒ガス対策だったのかは分からないが、マスクの中の空気を奪われた男共はあえ無く酸欠状態に陥り、その場に崩れ去った。
「これで終わりか?」
「いえ、もう一つ来るようです」
窓を見ながら達也は淡々と話す。達也が言った通りに榴弾が投げ込まれてきたが、床に触れる前に素早く達也が受け止め、誰にも見えないように榴弾を分解した。
「達也君、実技棟の方で不審者が目撃されている。私はこの場を落ち着かせてから向かうから、君は先に行ってくれ」
「分かりました」
「お兄様、お供します!」
摩利に指示される事も無く、達也は実技棟に向かうつもりだったのだ。だが此処は上司の命令に従う形の方が後々楽になるので、達也は言われた通り実技棟に向かう事にしたのだった。
少し時を遡り襲撃される前、演習場ではバイアスロン部が練習を行っていた。
「私たちは討論会に行かなくても良かったのかな?」
「他人の愚痴なんて聞くだけ無駄だよ。それに、今日は部長が気合入ってるからどうせ行けなかっただろうけどね」
他のクラブが討論会に行ってる分、今日は演習場を使うクラブがバイアスロン部だけになったのだ。その所為で部長は張り切って練習すると言っているので誰一人バイアスロン部の部員は討論会には行っていないのだ。
「部長、実技棟の方で煙が上がってますけど」
練習中に大きな音と共に上がった煙を見て、部員たちは慌てだした。部長も多少冷静さに欠けはしたが、如何にか落ち着いて状況を把握する事に努めた。
「お、落ち着いて聞いてね。今この学園はテロリストに襲撃されてます」
部長がそう言ったと同時に、武装したテロリストがほのかたちの前に現れた。CADは一時的に渡されては居るが、普通の女子高生がナイフで襲われそうになった時に冷静で居られるかと言われれば当然無理だろう。
多分に漏れず身動きが取れなくなったほのか目掛けて、テロリストが襲い掛かる。硬直状態から何とか脱した雫だったが、今から助けに動いても間に合わない。しかも自分も狙われている状況で下手に動けば二人共やられてしまうだろう。
「止まりなさい!」
「邪魔だ!」
二人を襲おうとしていたテロリストは、実技棟に向かっていたであろう二人の学友によって倒された。
「深雪! 達也さん!」
「二人共、怪我はない?」
「うん平気……でも、何も出来なかった」
自分が何も出来なかった事を悔やみ、雫は俯いている。そんな雫を見てほのかも落ち込んでしまった。
「気にする事は無いだろ。こう言うのは場数が物を言うのだし、一介の高校生であるほのかと雫が驚き竦んでしまうのは当然だ」
「お兄様の言う通りよ、二人共。下手に動かなかっただけ冷静な判断が出来てたと思うわ」
二人の慰めの言葉も、落ち込んでいる雫とほのかには届かなかった。達也は深雪に目を向け、深雪は仕方無さそうに頷いた。
「元気出せ二人共。今は無事だった事に感謝しとけ」
俯いている二人の頭を撫でながら、達也は結果を優先しろと言った。動けなかったのは過程だが、結果は無事だったのだから良いではないかと。
まさか撫でられるとは思って無かった二人だが、普段から深雪の頭を撫でている達也の撫で方はとても気持ちよく、雫は目を細めて自分から擦り寄って行った。
「大丈夫そうだな。深雪、急ぐぞ」
「はい!」
二人が立ち直ったのを感じ、達也は撫でるのを止めて実技棟に向かって行った。
「凄かったわね、あの二人」
「今年の新入生総代の司波深雪さんと噂の二科生初の風紀委員の司波達也君よね? 二人共凄く場慣れしてる感じがしたわね」
本人たちも言っていたように、場慣れしてるのは雫にもほのかにも伝わってたのだが、何処で場数を踏んだのかは二人には知りようも無かったのだった……
本来なら榴弾は服部が、演習場は森崎が出るのですが、この作品はどちらとも達也が……服部は兎も角森崎は当分見せ場が無さそうです