劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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スティープルチェース編、突入です


九島家の企み

 西暦二〇九六年六月二五日、月曜日。日本魔法界の長老にして国防陸軍退役少将の肩書を持つ九島烈は、彼の長男であり九島家現当主・九島真言と共に旧魔法師開発第九研究所を訪れていた。

 国立研究所としての第九研は第三次世界大戦の終結からほどなくして閉鎖されたが、研究所としての機能は今も維持されている。現在は九島家、九鬼家、九頭見家共同出資の民間研究所として、作用系の魔法に比べて発展が遅れている知覚系統の魔法の研究をしている――事になっていた。

 しかしそれは表向き。確かにここでは知覚系魔法の研究も行われているが、それは現在の主たるテーマではなかった。研究所の奥深く、烈と真言が案内された大部屋には等身大の人形がずらりと並んでいた。

 縦四列、合計十六体。背を預けるようにして細い柱に固定されたそれらの人形は、女性型ロボット「ガイノイド」だった。ここがロボットの開発を主にしている場所なら珍しくも無いが、魔法の研究所にガイノイドはそぐわない物だった――従来の常識からすれば。

 

「進捗はどうだ」

 

「パラサイトの培養は順調です。ガイノイドへの定着も成功率が六十パーセントまで上昇しました。ご覧頂いております通り、パラサイドールの試作体は十六を数えております」

 

「当初の予定数に達しているというわけだな」

 

「はい。培養したパラサイトは現在、忠誠術式の効果によりガイノイドの中で完全な休眠状態にあります。当初見られた術式に対する抵抗も観測されなくなりました。パラサイドールの実用化における最大の課題であった忠誠術式も完成を見たと申せましょう。ご命令があれば何時でも性能テストに取り掛かれます」

 

 

 主任の期待をにじませたセリフは、真言の予想を超えたものだった。実戦的な性能テストはまだ時間がかかるだろうと考えていた真言の頭の中には、その段取りが用意されていなかった。だからではないが、研究員の提案に対する答えは、真言ではなく烈が返した。

 

「実戦テストはまだ早かろう。忠誠術式が組み込まれているからと言って、自律行動を取らせるにはテスト回数が不足している。実験室の外でどの程度安定的に妖力を行使できるのかも分かっていない」

 

「ですからその為のテストを……」

 

「毎年八月に魔法科高校同士の対抗戦が行われているのは知っているな? 今年はそこでスティープルチェース・クロスカントリーという種目が採用される事になった。物的障害物と共に、魔法により妨害を乗り越えてゴールを目指す長距離障害物競走だ」

 

 

 食い下がる研究主任に提案した烈の思惑を、主任はすぐに理解した。

 

「その障害物としてパラサイドールを使うのですね?」

 

「高校生の競技会に人数を割く余裕は、国防軍にも乏しいだろうからな。パラサイドールを使えば生徒から反撃を受けた場合も軍の魔法師が負傷する事も無いし、忠誠術式で妖力の強さに制限を掛けておけば生徒に大きな怪我を負わせる心配も無い。実験室から出して最初の運用試験を行うには格好の機会だ」

 

「しかし先代、運営委員が承諾するでしょうか? 実験の事が外部に漏れた場合、世間がどのような反応を示すか、それを考えると彼らも首を縦に振らないと思いますが」

 

「いや、運営委員は首を縦に振る。今年の競技種目選定の段階で既に、運営委員は国防軍の介入に屈している。今更我々の要請を突っぱねる気骨は残っていない」

 

 

 烈は情報が外部に漏れた場合の対策について触れなかった。その責任を自分で負うつもりが無いのは明白であり、そして万が一パラサイドールが制御を外れ魔法科高校生に被害が出た場合の事は、烈も真言も口にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラサイドールの運用試験に関する細かな段取りを息子に任せ、烈は生駒の九島家に戻った。屋敷に着くなり烈が向かった先は、真言の末息子、光宣の部屋だ。九島実宣は今年で十六歳になる国立魔法大学付属第二高校の一年生。本来ならまだ学校にいる時間だが、今日は病気で休んでいる――いや、今日もというべきか。

 

「光宣、私だ」

 

 

 ノックと共に烈が声をかけると、やや慌てたような気配の後、部屋のドアが開かれた。そこに立っているのは「典型的な美少年」だった。

 

「お祖父様、このような格好で失礼します」

 

「そのような事は気に掛ける必要は無い。それよりも横になっていなくて大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です。もう熱も下がっていますか――」

 

 

 言葉の途中で激しい咳の発作に襲われ、彼はその続きを言う事は叶わなかった。心配をかけたくないという自分の心を裏切る自分の身体。それは彼にとって何時もの事だった。今光宣に出来るのは尊敬する祖父に涙を見せない事だけだ。

 

「光宣、横になってなさい」

 

「お祖父様……はい」

 

 

 光宣は強がりを言おうとして、それを止めた。自分の身体がどのようなものか理解している彼は虚勢を張る事さえ出来ない。

 

「光宣、多少欠席が多くなっているからといって焦る必要は無い。お前の魔法力は同世代中屈指のものだ。九校戦に出場している魔法科高校生と比較しても、お前に匹敵する生徒はほとんどいない」

 

「ありがとうございます。九校戦かぁ……出てみたかったな」

 

「光宣……」

 

 

 一年の四分の一を病床に過ごす光宣は、たとえ二高代表に選ばれたとしても欠場によりチームに掛ける迷惑を考慮して辞退するしかない。

 

「そんな顔をしないでください、お祖父様。力試しの舞台は九校戦だけではありませんから」

 

「そうだな。お前は頭もよい。魔法師として、あるいは魔工師として活躍する機会はこれからいくらでもある」

 

「そういえば今日は、響子姉さんもお見舞いに来てくれたんです。お祖父様にもお目に掛かりたかったと言っていました」

 

「そうか。良かったな、光宣」

 

「はい」

 

「少し休みなさい、光宣。そうすれば熱も下がるだろう」

 

「分かりました」

 

 

 光宣の部屋を出て、烈は自分の書斎で考える。内容は光宣の誕生と両親についてだ。光宣は人工授精により造られた調整体魔法師。彼の父親は烈の息子である現九島家当主・九島真言、そして母親は藤林家に嫁いだ真言の末の妹。つまり光宣は、実の兄妹の間に生まれた子供なのだ。

 

「(魔法師を兵器とする事は止めさせなければならない。これ以上光宣のような子供を生みだしてはならない)」

 

 

 烈は何百回目、何千回目になるか分からぬ決意を固めたのだった。




競技名、長すぎ……

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