劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ルール縛りがなければなぁ……


練習相手として

 放課後、達也は第二小体育館へ足を運んだ。デスクワークをサボっているわけでは無く、これも九校戦準備の一環だった。二つの小体育館の入り口には歩くだけで靴裏を完全洗浄するクリーナーマットが設置されているから、外履きのまま中に入ってても特に問題はないのだが、達也はあえて素足になって、板張りモードに切り替えられた通称「闘技場」に上がり込んだ。

 

「エリカ」

 

「あれっ、達也くん? 見に来てくれるなんて珍しいじゃん。元代理部長として気になるのかしら?」

 

「いや、そういうわけではない」

 

 

 エリカは剣道部員では無くテニス部員だが、テニス部はあまり活発に活動しているクラブでは無く、練習を休んでも五月蠅い事は言われない。それを良い事に、エリカは時々剣道部のお手伝いに来ているのだ。彼女の方から進んで、では無く紗耶香に頼みこまれて仕方なく。

 一方の達也も、例の事件から一年の夏休みまでの間剣道部の代理部長として指導していた事があり、それを気にして見に来たのではないかとエリカは推測したのだが、どうやら違ったようだった。

 実は達也もエリカの事情を把握してはいるのだが、今日がその「お手伝い」の日だとは知らなかった。第二小体育館に来る前にテニスコートへ足を運んでいる。要するに無駄足を踏んだのだが、エリカに責任がある事では無いのでその事は口にしなかった。

 

「何か用?」

 

「ああ。折り入ってエリカに頼みたい事がある」

 

 

 エリカは達也が真面目に自分を探していたとは知らない。だからエリカのセリフは挨拶代わりのようなものだった。だから改まった姿勢で座る達也に改まった口調でこう言われ、エリカはきょとんとした無防備な表情を曝してしまった。

 

「エリカでもそんな顔するんだな」

 

「いやだって……えっ、どうしたの、急に? 達也くんがあたしに頼み事なんて……」

 

 

 動揺しているエリカだが、その瞳に隠しきれないほどの警戒の色が浮かんでいる。それは彼女が達也の正体をその一端だけでも掴んでいるからに違いない。しかしそれはエリカの考え過ぎだった。

 

「俺の頼みというより、生徒会の依頼だけどな」

 

「生徒会の?」

 

 

 それを理解したエリカの双眸から緊張が消え、代わりに訝しさが強く映し出される。彼女が抱いたのは「自分に何をさせるつもりなのか」という純粋な疑問だった。無論ここで隠し事の必要などまるでなく、達也は簡潔で具体的に回答した。

 

「九校戦に向け、シールド・ダウンの練習相手を務めて欲しい」

 

「あっ、あの面白そうな競技の。でも、あたしが練習相手で良いの?」

 

「是非頼む」

 

 

 エリカは自分の魔法技能が著しく偏った物であることを自覚している。代表に選ばれないのは当然として、練習の相手としても彼女は自分が役に立てるのか疑問に思っていたのだ。だが達也はエリカが適役である事をまったく疑っていないようだ。

 

「……そこまで言うなら引き受けてあげる。その代わり達也くんには、一つあたしの言う事を聞いてもらうからね」

 

 

 あえてそういったのは照れ隠しだ。その事は達也にも、言ったエリカ本人にも分かっている。

 

「分かった。引き受けてくれた事、感謝する」

 

 

 だが達也はエリカの提案を呑み、そして引き受けてくれたエリカに対してあくまで真面目な態度でお礼を言った。

 

「じゃ、じゃあ着替えてくるから! さーや、悪いけど今日はこれで失礼するわね」

 

 

 喋りが走っているのはエリカが照れている証拠、達也は紗耶香に頭を下げ、着替え終わるまでエリカを小体育館で待ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 制服に着替え、達也と一緒に準備棟一階の小会議室へ向かったエリカは、そこで思いがけずあるクラスメイトの顔を見て悪態を吐いてしまった。

 

「何でアンタがここにいるのよ」

 

 

 二人っきりなら、あるいは仲間内なら何とも思わなかっただろう。実際達也は気にした様子は無かったが、この部屋には見知らぬ上級生が複数人同席していて、挨拶も済ませていない。

 

「(しまった……あたしとした事がつい、何時もの調子で……これ、どうしよう)」

 

 

 エリカだけでは無くその上級生たちも戸惑いの表情を浮かべている。だが部屋に広がりかけていた気まずい空気は、レオの空気を読まない返しで霧散した。

 

「うっせーな。俺も達也に呼ばれたんだよ」

 

「エリカ、レオ」

 

 

 レオの返しがあえて空気を読まなかったのか、素で空気が読めなかったのかは本人に聞かなければ分からないが、達也の軽く窘めるような一言は、明らかに空気を読んだものだった。二人が口を噤んだところで、達也がシールド・ダウンの代表選手にエリカを紹介した。

 

「それで司波君、自分は西城君と組んで練習すれば良いのだな?」

 

「あたしは練習の時に千葉さんと組めば良いのね?」

 

 

 先に訊ねたのは男子ソロ代表の沢木。その後の発言は女子ソロ代表に選ばれた千倉朝子という名の三年生によるものだ。

 シールド・ダウンは対戦競技。だが代表はソロ一人とペア一組の男女各三名しかおらず、二対二でペアの練習をする為には一人ずつ足りない。そこでエリカとレオが練習相手に選ばれた次第だった。

 ついでにソロの練習相手もペアの二人と合計三人のローテーションで行う計画だ。

 

「そうです。二人にはソロの練習相手も務めてもらいます」

 

「うむ。他ならぬ司波君の推挙だ。西城君、よろしく頼む!」

 

「……どうも」

 

「千葉さん、お手柔らかにね」

 

「こちらこそ」

 

 

 この事は二人に説明済みだったが、エリカはともかく一高切っての武闘派と囁かれる沢木の相手をさせられるレオの方は愛想笑いも引きつり気味だった。

 

「達也、今度何か奢れよな」

 

「別にそれは構わないが、レオも納得して引き受けたんじゃないのか?」

 

「相手は聞いてなかったぜ!」

 

「アホくさ……じゃあ達也くん、今度予定が空いたら連絡するからね」

 

 

 弾むようにそういったエリカは、早速千倉の練習相手としての準備を始めていた。それにつられたわけではないだろうが、レオも覚悟を決めて準備を始めたのだった。




この二人は強いだろうに……

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