服部は二,三度頭を振って躊躇いがちに達也へ話しかけた。
「司波……やはり千葉と西城を選手にした方が良かったんじゃないか?」
実は代表選考の席でもそういう話が出ていたのだが、最も強く反対したのは達也だった。
「攻撃部位の縛りが無ければあの二人も有力候補だったのですが」
「シールド・ダウンのルールでは勝てないと? お前は選考の時もそう言ってたが、実際に試合をしてみてこれでは……」
「千倉先輩も桐原先輩もシールド・ダウンの戦い方に慣れていないだけです。水波」
「はい、達也兄さま」
服部の疑念をやんわりと否定した後、達也は水波に声をかけ自ら女子用リングへと歩み寄る。水波の隣では新人戦シールド・ダウンで彼女とペアを組む一年生の女子が緊張に顔を強張らせていた。
「エリカ」
「なに?」
「水波の相手をしてやってくれ」
「ソロで、ってこと?」
「ああ」
「ふーん……良いわよ」
水波の身体を足のつま先から頭の天辺まで値踏みするように見回して、エリカは一つ納得したように頷きリングへ上がる。思いがけない展開に動揺しながらもエリカに続いてリングに上がろうとした水波は、達也に呼び止められ耳元で何かを囁かれた。
「お待たせしました、千葉先輩。よろしくお願いします」
「どんな作戦を授かったのかしら。楽しみ」
「二人とも、構えて」
試合会場には審判が付かない九校戦の慣例に漏れず、シールド・ダウンもキャンバス上にジャッジはいない。試合開始を告げる電子音の代わりに、達也がホイッスルを吹いた。
エリカは真っすぐ水波へ襲い掛かる。フェイントを使わなかったのは水波を侮っての事ではなく、達也がいったいどんな策を授けたのか、好奇心を抑えられなかったのだ。猛然と突っ込んで来るエリカを前に、水波は素早く冷静にCADを操作した。
「ちょっと……!」
エリカの身体がふわりと浮かびあがる。水波が作りだした障壁に乗り上げた格好で、慣性を中和しても重力が作用しているから踏ん張る事は可能だが、足場から切り離されては抵抗しようが無かった。
「今のはまさか……十文字先輩の『ファランクス』か?」
「いいえ。今の術式は単層の対物障壁を連続的に移動させただけです。原理は単純な移動魔法と同じですよ。移動魔法は対象物の座標を連続的に変更していく術式です。その変更対象を物体では無く障壁の展開座標に置き換えただけです」
「そんなに簡単なものなのか?」
「水波が使った術式とファランクスでは難易度が違います。攻撃型ファランクスは持続時間と引き換えに強度と速度を限界まで引き上げた対物障壁を重層的かつ連続的に作りだす魔法ですからね。持続力を重視した水波の術式にターゲットを押し潰すような圧力は望めません」
そう答えて達也は千倉朝子の所へ歩み寄った。
「肉弾戦を挑んで来る相手への対処法は、今のでお分かり頂けたと思います」
「……あたしにはあんな障壁、使えないわよ?」
「千倉先輩はベクトル反転術式が得意だったはずですが」
「……ええ、そうだけど」
「盾が接触する直前にベクトル反転で相手を浮かせて、そのまま移動魔法で場外に飛ばせば良いんですよ」
達也は内ポケットで振動した情報端末に意識を向けた為、何か言いたそうにしているエリカに気付けなかった。
「ピラーズ・ブレイクの方が準備出来たそうです。自分はそちらへ移動しますので、ここはお任せしてよろしいでしょうか」
「ああ、ご苦労。ここは任された」
最初から予定されていた事なので、服部はすぐに頷いた。念の為男子用リングに目を向けると、沢木が三年生エンジニアにCADを預け微調整している横で、平河千秋が十三束の話に一生懸命耳を傾けていた。
ピラーズ・ブレイクの練習には毎年、演習林の奥にある五十メートルプールを使っている。去年まではこの準備作業にかなりの時間がかかっていたのだが、今年は例年の四分の一以下まで時間短縮する事に成功した。
「あっ、お兄様。準備は整っております」
「ご苦労様。随分速かったな」
「お兄様をお待たせするわけには参りませんから」
深雪の本音は誰が見ても明らかだったので、花音などはあからさまにげんなりした顔をしている。
「まさか水柱をいっぺんに二十四本作って、それを一気に凍らせて形成までするとは思わなかったわ」
「あの水流制御魔法は達也さんが組んだの?」
「相似形複写理論の応用は俺のアイディアだが、実用に耐える形にしたのは深雪だよ」
「私が感覚的に使用した魔法を元の起動式に構築してくださったのはお兄様よ」
「……とにかく準備が出来たなら始めようか」
達也の言葉に深雪がすぐ動きだし位置につき、花音と雫がその動きに何とかついていって開始位置についた。二対一のハンディキャップマッチだが、見学しているほのかと泉美は深雪の方が有利だと思っていた。
ちなみにほのかがここにいるのは、ミラージ・バットが設営に手間取っている為、ピラーズ・ブレイクの練習を見学しに来た――というのは建前で、彼女が達也と一緒にいたかったのだ。
泉美の方は新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクの代表であるので、多少邪な思いはあるにせよ本当に見学中なのだ。
「では、始めます」
達也の合図でシグナルが点灯し、青に変色したのと同時に、プールの中で魔法が吹き荒れた。
模擬戦を五連続で行った結果、ムスッとした顔で折り畳みいすに座り明後日の方へ向けている花音がそこにいた。深雪と雫が立ったままどうしようと困惑した表情を向け、達也はため息を一つ吐いて解決に乗り出した。
「千代田先輩が攻撃、雫が防御。この戦術は基本的に間違っていないと思います」
「魔法で負けたんじゃないって言うの? じゃあ何が間違ってたのよ」
「間違っていたのではなく連携の練習不足ですね。今日が初日ですから当たり前ですが」
「……何処が悪かったの」
「先輩の魔法発動領域と雫の情報強化領域が少し重なり合っていました」
「すみません、先輩。私のミスです」
達也の説明を聞いて、雫が花音の前に立ち頭を下げる。
「そうだな。深雪の領域魔法に対抗する為、強化対象を自陣全体に広げたんだろうが、情報強化はやはり領域では無く個体に掛けるべき魔法だ。それにピラーズ・ブレイクは柱が一本でも残ってれば負けにならないんだから、強化対象は絞り込む事も考慮すべきだ」
「うん、分かった」
「お兄様、私にはアドバイスをくださらないのですか?」
撫でられるのを待っている子犬のような顔で達也を見上げた雫の前に、深雪が笑顔で割り込んだ。
「深雪が負けたらアドバイスしてあげるよ。ただし、手を抜いたらお仕置きだ」
「お仕置き……わ、わざと負けるなんてしませんよ。先輩や雫に失礼ですから」
「達也さんのお仕置き……少し興味があるかも」
雫の発言に驚いた表情を見せる深雪の背後では、ほのかと泉美も何かを妄想している雰囲気だった。ただ一人冷静にこの状況を眺めていた花音は、呆れている事を隠そうともしない視線を達也に向けたのだった。
達也にお仕置きされたい美少女たち……