劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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もうちょっと絡ませたい……


黒羽亜夜子の事情

 達也が調べようとしたのはスティープルチェース・クロスカントリーのコースだった。無論、既にP兵器=パラサイドールが配置されているとは思っていない。それでも地形を調べれば何処に罠を仕掛け何処に伏兵を置くかが予想できると考えての事だ。だが、達也はコースに潜り込めなかった。

 

「(これだけ厳重に警備しておきながら、何故去年は無頭竜の侵入を許したんだ? ……いや、去年の事があったからか)」

 

 

 正規軍の基地が犯罪組織如きの侵入を許すなど、昔であれば切腹ものだ。基地の幹部は憤死しかねない恥辱を覚えた事だろう。

 達也は国防軍の魔法師に見つからないよう慎重に視野を広げる。達也の視力は想子レーダーに感知される類のものではないが、彼の異能を感知する五感外知覚力の持ち主が監視に就いているかもしれない。何時でもアクセスを遮断できるよう密かに認識を世界へ浸透させて行く。広がった視界の端に、見覚えのある存在が引っかかった。

 

「亜夜子、文弥」

 

 

 五分ほど歩き、闇に紛れた影に話しかける。いきなり話しかけられて驚いた、という気配が生じた。

 

「達也さん……驚かせないでください」

 

「そんなつもりは無かったんだが」

 

「だったらあんなに怖い声を出さなくても良いじゃないですか」

 

 

 亜夜子の抗議は結構な割合で本気が混じっていた。短く吐き出した息はホッと胸を撫で下ろす感じだったし、目じりには反射的なものだろう、少し涙がにじんでいる。

 

「お前たちもコースを見に来たのか?」

 

「……ええ。ですが、警戒が厳しくて」

 

「中に入れなかったんです」

 

 

 亜夜子が言い淀んだ部分を文弥が代わりに答えた。

 

「亜夜子の魔法でも侵入出来なかったのか? あっ、いや、悪かった。別に責めているわけじゃないんだ」

 

 

 意外感に捕らわれ、達也は訊くまでも無い質問を口に出して、亜夜子が俯くのを見てすぐに謝罪した。

 

「達也兄さんも調査に来られたんですか」

 

 

 文弥が達也にそう訊ねたのは、亜夜子から話題を逸らす為ではない。自分たちには無理でも、達也には可能だったのではないかと文弥は本気で考えていた。

 達也の「分解」と亜夜子の「極致拡散」は事象改変の方向性が似ている。物質をその構成要素に分解するということは、別の側面から見れば物質の構造を壊してその構成要素の配置を無構造状態に散乱させるという事になる。分解魔法は極散魔法の深度を増して規模を縮小したものという見方も出来る。

 そして実際に、亜夜子が極散魔法を使えるきっかけを作ったのは、四葉本家で訓練を受けていた達也だった。当時彼はまだ小学生だったが、既に分解魔法と自己再成魔法を使いこなし大人たちに混じって戦闘訓練をこなしていた。その相手に黒羽の魔法師が選ばれる事も珍しくなかった。そしてまだ自分の特性が分からない事に悩みながら、父親の部下を相手に魔法の練習をしていた亜夜子に、達也は分解を分かり易く実演してみせたのだった。

 彼女が自分と似た魔法特性を持っている事を、達也はエレメンタル・サイトで理解した。まだ幼かった彼は自分の仲間を作るつもりで「分解」を基にした「極散」のやり方を亜夜子に示したのだ。

 亜夜子の「極散」は達也から教わったに等しかった。彼女は達也によって、黒羽亜夜子としてのアイデンティティを、四葉の魔法師としての自分自身を確立したと言っても過言ではない。故に亜夜子は決して達也を単なるガーディアンと見下す事は無い。この事は文弥が達也を慕う理由の一つでもある。同時に黒羽姉弟が達也を過大評価する原因の一つにもなっていた。

 

「ああ、だが俺も中に入れず困っていたところだ」

 

 

 達也の得意とする分野は戦闘や暗殺だ。敵地に忍び込む技術も一流に近いが、それは八雲の教えを受けているからで生来の適性から言えば亜夜子に遠く及ばない。亜夜子に侵入出来ない場所に、達也が感知される事無く入れるはずもなかった。

 

「そうですか……もう一度トライしてみますか? 兄さんと僕たちが力を合わせれば、あるいは」

 

 

 落胆してすぐに前向きな提案をしてきた文弥。だが具体性は無かった。

 

「いや、無理をして騒ぎになるのが一番マズイ。今夜はおとなしく引き揚げるべきだろう」

 

「そうだね」

 

 

 達也のセリフに応えたのは、文弥でも亜夜子でも無かった。

 

「誰!?」

 

「師匠、もっと普通に登場してください」

 

「達也君の言う通り、今夜はもう引き揚げた方が良い」

 

 

 達也の苦情には応えず、暗闇から姿を現した八雲は自分のセリフの続きを口にした。

 

「……達也さん、もしかしてこの方が?」

 

「多分、亜夜子が考えている通りだ」

 

「では、この方があの、九重八雲先生ですか」

 

「それで師匠、何か分かったんですか?」

 

 

 達也の質問を受け、八雲は首を横に振った。

 

「いいや。コースにもまだ何も仕掛けられて無かったよ」

 

「コースに入れたのですか!?」

 

「俺たちは警備システムにお手上げだったんですが、さすがです」

 

「いやいや、それ程でも」

 

 

 亜夜子は悔しそうな表情を浮かべていたが、八雲は自重の欠片も無く鼻高々と言った感じだ。

 

「それで、中はどんな様子でしたか? 何も無かったと仰いましたが」

 

「そのままの意味だよ。今はまだ、普通の障碍物が計画的に配置されただけの、ただの演習用人工森林だね」

 

「パラサイドールを配置する場所の予測は出来ませんか」

 

「出来ないね。何処に置いても条件に大差は無い。そういう造りになっているよ、これは」

 

「つまりパラサイドールは、少なくとも地形に左右されずに運用可能という事ですか」

 

「その程度は実戦的に作られているという事だろうね」

 

 

 結局、今夜ホテルを抜け出してきたのは無駄足だったようだ。

 

「そうですか、師匠。ありがとうございました。文弥、亜夜子もすぐに部屋に戻るんだな」

 

 

 達也はそう声をかけて、二人とは別々にホテルへ戻った。




文弥も亜夜子も達也大好きだからな……
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