達也と黒羽姉弟が無駄足を踏んでいた頃、四葉家では真夜と葉山が話をしていた。実はつい先ほどまで、国防陸軍第一○一旅団長・佐伯少将と電話をしていたのだった。内容は九校戦を狙った自作自演のテロが行われるという事と、その首謀者が国防陸軍総司令部の酒井大佐を中心としたグループ、所謂対大亜連合強硬派が首謀者となっている事を伝た。
そして一番重要な事である「大黒竜也特尉」を使って、強硬派の人間に本当の黒幕となってもらう事を告げた。そして真夜が佐伯に提示したメリットは、国防軍に対する十師族の――九島烈の干渉を弱められるという事だった。
佐伯との交渉を終えた真夜に、葉山が問いかける。
「よろしかったのですか、奥様」
「何が?」
真夜の返答は、質問の意図を理解しながらあえて問い返すものだった。葉山でなければここで口を噤んだだろうが、そんな姑息な口封じはこの老執事に通用しなかった。
「九島様の関与はまだ推測の域を出ませんが」
「だから先生のお名前は出さなかったでしょう? それに、それを言うなら強硬派の自演テロだって何の証拠もありません」
「むしろ濡れ衣ですな。しかしそれこそ、言っても詮無い事かと。強硬派の粛清はあの方々のオーダーですから」
「そうですね。スポンサーのご意向には逆らえません。今回の事が無ければ、我々も手荒な手段を選択せねばならなかったでしょう」
「その意味では周公瑾なる者の暗躍も好都合でしたな。達也殿のフォローを考えれば頭が痛くなりますが」
「去年のような派手な真似は困るわよね……少なくとも後半年、来年のお正月を迎えるまでは大人しくして欲しいのだけど……深雪さんに火の粉が飛ぶとなれば、たっくんが大人しくしてるとは思えないしねぇ」
そう言って真夜は、芝居がかったため息を吐いた。
「奥様、佐伯閣下は達也殿にご助力くださると思われますか?」
「大丈夫よ。止める事など出来ないのだから、結局は手を貸すしかない。最凶最悪の魔法兵器たるあの子を疎かに扱う度胸が国防軍にあるものですか」
私にだって無いのだから、という呟きを、葉山は聞いた気がした。
前夜祭パーティーの翌日昼過ぎ。ランチは部屋で取ろうとほのか、雫に誘われ深雪を含め四人でホテルに戻って来た達也は、泊まり込みで応援に来た生徒でごった返しているロビーで友人に声をかけられた。
「やっほー」
「応援に来てくれたのか」
「当然でしょ。あっ、他の二人も来てるよ」
「お前な、自分の荷物ぐらい自分で……っと。うっす、達也」
「エリカちゃん、鍵……あっ、達也さん、深雪さん、ほのかさん、雫さん、こんにちは」
エリカの荷物を持った――持たされた――レオがエリカの背後から現れ、更にレオの背後から美月が登場する。
「お昼は?」
「まだだよ」
達也に端的に問われ、エリカが簡潔に答えた。
「幹比古も呼ぶか」
達也たちは九校戦の選手団に解放されているカフェのテラス席へ向かった。
既にピークを過ぎている時間だったので、八人は待たずに席を確保出来た。腰を落ち着かせたところで、幹比古がいきなり美月に質問をした。
「予定より遅かったみたいだけど、何かあったの?」
「ふーん……」
「な、何だよ?」
幹比古の言葉に反応したのはエリカ。彼女から嗜虐心のにじみ出た笑みを向けられ、幹比古の腰が引ける。
「美月から予定を聞いてたんだ」
「メールを貰ったんだよ。それだけだ」
「あれぇ? ミキって美月とメルアド交換してるの?」
「メールアドレスくらい交換するだろ。友達なんだから」
ぶっきらぼうに言い捨てる幹比古から、彼の隣に座るレオへエリカが視線を動かした。
「あんた、美月のメルアド持ってる?」
「いいや。必要無いからな」
「何勘違いしてるんだよ! 柴田さんからメールを貰ったのは僕だけじゃない。深雪さんや光井さんや北山さんと一緒だ!」
満面の笑みを浮かべているエリカが作りだした状況に耐えられなくなった幹比古が爆発した。だがむきになってはますます泥沼にはまり込むだけだった。
「達也くんは?」
「無かったな。ところでエリカ、時間に遅れたというのは本当か?」
「うん、まぁね」
「応援のバスが基地の入り口でデモ隊と鉢合わせしちゃったんですよ」
「デモ?」
エリカが顔を顰めたのを見て、美月がすかさず口を挿んだ。そしてほのかがそう訊ねたのは、基地の入り口からホテルまでは結構な距離があり、大音量で騒いでいても何が起こったのか分からないからだ。
「ええ、その……人間主義の」
「何時ものアレよ、アレ。魔法科高生の過半数が軍に入れられてるなんて間違っている、目を覚ませ、軍は君たちを利用しているだけだ――ってやつ。まったく余計なお世話だっての。だいたい何が過半数よ。高校卒業後の進学率と大学卒業後の就職率を足して何の意味があるのよ。異なる母集団から計算された比率なんだから、足し算も引き算も掛け算も割り算も出来ないってことくらい分かりなさいよ」
「デモやアジ演説に必要なのは正確性では無くインパクトだからな。詭弁だって事くらい彼らにも分かっているさ。それに魔法大学卒業生の四十五パーセントが国防軍とその関連先に就職しているという数字だけでもかなり高い比率である事は確かだから、そこにツッコミを入れても仕方が無い」
「何よ。達也くん、あいつらの肩を持つの?」
「俺が? まさか」
「そうだね。ごめん……」
達也の浮かべた苦笑いの意味をエリカは理解出来た。彼は既に軍籍にあるのだ。そうしないという選択肢が無かったとはいえ、エリカは達也に対して失礼だったと頭を下げたのだ。
「それにしてもミキ」
「僕の名前は幹比古だ」
幹比古があえて昔の決まり文句を復活させたのは、空気を変えようとしたエリカの意図を読んでのものだ。
「あんた、まだ『柴田さん』なの? 深雪の事は『深雪さん』って呼んでるんだから、美月の事も名前で呼べば良いのに」
「今は関係ないだろ!」
だが、彼の気配りはエリカによって仇で返されたのだった。ちなみに、巻き込まれた美月も顔を真っ赤に染め上げていた。
幹比古、返り打ちに遭い美月を巻き込む……