劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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伏せる事が多くて大変です……


達也の力

 小説やドラマなのでよくある、ピンチの時に助けが現れるなど現実ではそうそうありえる事では無い。深雪もその事はちゃんと理解しているし、今回もそんな事は起こらないと思っていた。

 それだけに達也の登場は深雪が更に達也の事を好きになっても仕方ないのかもしれない。

 

「俺の妹に何をする」

 

「お兄様!」

 

 

 ナイフを構えて深雪に突っ込んできた男を、その男と深雪との間に身体を滑り込ませ止めた達也を見て、場違いにも深雪はときめいたのだ。

 しかしときめきながらも、深雪はしっかりと達也の動きを見ていた。ナイフを受け止め砕く姿を。

 

「ひっ……」

 

 

 突如現れた達也に驚いた男だったが、突如現れた以上に達也の行動に驚いた。

 魔法を使わずにナイフを受け止め、次の瞬間にはそのナイフは砕け散っていたのだから。

 念のために言っておくと、達也は受け止めるのには魔法は使わなかったが、さすがに砕く時には魔法は使っている。だがこの男には達也が魔法を使ったのに気付けるだけの余裕が無かったのだ。

 ナイフを砕いてすぐ、達也の拳が男の腹にめり込んだ。普通に殴るのでは無く捻りを加える事により強烈な痛みが男を襲う。吐血して立っていられるだけの力が身体に残っていない男は前のめりに倒れこむ。体を開き男をかわした達也は、止めに頚椎に肘を叩き込む。深雪が襲われたのだから達也が手加減などする訳も無いのだ。もの凄い音とともに男が床に叩きつけられ、その事を確認した達也から先ほどまで放出していた殺気が消えた。

 

「……殺してませんよね?」

 

 

 兄の技量を疑っている訳では無いが、目の前で吐血した男を見て、さすがに命の心配をする深雪。男に同情した訳では無く、兄が殺人者になる事を恐れたのだ。

 

「大丈夫だ。命に別状は無いし、後遺症の残らない箇所を狙った」

 

 

 それだけの事を出来るからこそ達也が対処したのだ。深雪はホッと息を吐き、全身に入れていた力を抜いた。

 

「それより急いでこの場から移動するぞ。緊急事態とは言え、魔法協会支部のすぐ傍で派手にやり過ぎだ。魔法に対する監視網は都心の比じゃないんだぞ」

 

「あっ!」

 

 

 この兄妹には隠さなければいけない事が多い。そんな2人が魔法協会支部のすぐ傍で派手に動けば色々と支障をきたす事になるだろう。そんな事を今更ながらに思い出した深雪は自分の思慮の浅さを反省した。

 

「急ぐぞ」

 

「すみません、ちょっとお待ちください」

 

「どうした?」

 

 

 一刻も早くこの場を立ち去らなければいけないのにも関わらず、深雪はキョロキョロと辺りを見渡している。

 一方の達也もそんな深雪を急かすでは無く、落ち着いた口調で深雪に尋ねた。

 

「いえ、こちらに頂いたプレゼントが……」

 

「それなら大丈夫だ。さっき回収しておいた」

 

「何時の間に……」

 

「話は後だ。監視システムの画像は出来る限り対処しておいたし、ロビーにも人影は無かったとは言え、撮られてないと言う保証は無い」

 

 

 もし2人が普通の家に生まれた兄妹ならそこまで気にする事は無く、むしろ誇って良い事をしたのだが、今の段階で目立つのは先に言った通りマズイのだ。

 

「叔母上にネットの監視を頼んでおかなければ」

 

 

 叔母上、深雪にとってその人は借りを作りたくない相手。兄に近づけたくない相手だ。だが兄はその叔母に頼むと言っている。これは自分のミスなのに、兄が叔母に頼ると言っている以上、深雪にその事を止められる訳は無い。

 

「申し訳ございません!」

 

 

 自分の思慮の浅さで招いた事なのに、結局は兄に迷惑を掛けてしまう事を恥じて、深雪は大声で達也に謝った。

 叔母に借りを作ったら、自分の傍から達也が居なくなってしまうと心の何処かで思っているのを、深雪自身は気付いていないのだった。

 達也に手を引かれて現場から十分離れてから、達也は深雪を落ち着かせるような口調で話しかけた。

 

「叔母上の事なら心配無用だ。今回の件は叔母上から捕縛を命じられたターゲットだからな」

 

「叔母様が?」

 

 

 真夜が達也にこう言った作業を命じるのはそれほど珍しくは無い。だがそれ以上に真夜が達也に甘えているので、深雪はその事を忘れがちなのだ。

 

「だからこの件で叔母上に揉み消しを依頼しても借りにはならない。むしろ当然の後始末だ」

 

「それでは、お兄様があの男を放って置いたのも……」

 

「既に葉山さんが処理してるだろうからな。あの人が出てくるって事はあの男はそれなりに大物だったと言う事だろう」

 

 

 淡々と話す達也を見て、深雪は心から安堵した。叔母に借りを作る事無く、その上達也はしっかりと任務を遂行したのだから。

 安堵した所為で、深雪は少しふらついてしまった。

 

「大丈夫か?」

 

「はい、ちょっと緊張が……!?」

 

「?」

 

 

 受け止めた深雪の身体がビクンと跳ねた事に達也は少し疑問を覚えたのだが、深雪からしてみれば、そんな事を考えてる余裕は無かった。

 

「(私今、お兄様に抱きとめられている)」

 

「深雪?」

 

「は、はひぃ!?」

 

「本当に大丈夫か? 何だか顔が赤いが……」

 

「大丈夫です! (いけないわ、お兄様が心配してくださってるのに)」

 

 

 これ以上心配掛けまいと思い自身の足に力を入れる。周りを見る余裕を取り戻した深雪は、自分が手にしている物に違和感を覚えた。あれほど燃え盛っていた場所に置いていたのに、火の粉どころか煤1つ付いていないのだ。

 

「お兄様……まさか!」

 

「壁に耳ありだ」

 

 

 問い詰めようとした深雪の唇に指を当て、詮索は無しだと微笑む達也。

 

「ですがお兄様、あれは!」

 

「別に神経の通わぬ無機物だ。お前が心配する事は無い」

 

 

 それだけで深雪には達也が何をしたのか理解出来るし、このプレゼントは達也からの『2度目』の贈り物なのだと理解した。

 

「ありがとうございますお兄様! まさか2度もプレゼントしていただけるなんて! 今度こそ一生大切にします!」

 

 

 他の人間には理解出来ないだろうが、本人たちに分かっていればこの2人はそれで良いのだ。人が傍に居るのを忘れて達也に抱きついた深雪を、監視カメラはしっかりと捉えていたのだった……




原作ファンの方には達也が何をしたかは理解出来たでしょうが、アニメのみの方はまだ分からないのですかね……

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