劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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50話目ですね


砕かれた理想 突きつけられた現実

 差別を無くすために動いていたはずなのに、紗耶香は今の自分の状況に疑問しか抱けない。秘匿文献を公開する事が差別撤廃に繋がると聞いたときはもの凄くやる気になったのだが、仲間たちがしている事は如何見ても窃盗行為にしか見えなかったのだ。

 

「(そもそも、差別撤廃に繋がるような秘匿情報ってなんなの? 魔法を使えない人たちに魔法に関係する情報を公開する事で差別が撤廃されるのなら、今まで誰もその事を指摘しなかったのは何故? そして何であの人たちはあそこまで必死なんだろう……)」

 

 

 必死になってるのは悪い事では無いのだろうが、明らかに別の理由が見え隠れしている表情で必死にアクセスブロックを解除しようとしてるのを見ると、如何しても悪い方に思考が行ってしまうのだ。

 

「(きっと魔法を使えない人にも有益な情報なのよね……)」

 

 

 自分に言い聞かせるように何度も心の中で繰り返してきた言葉だが、今ではそんな言葉では心の平穏は取り戻す事は出来ない。

 学園を襲い秘匿情報を盗み出す手助けをしてるのではないかと言う疑念は徐々に紗耶香の心を苛む。差別撤廃を掲げたテロリストなのではないかと考えてしまうようになっているのだ。

 

「(でも、あのサークルは危険思想なんか掲げてなかったし、そんな事に感銘を受けるような感性は持ってないはずだし……)」

 

 

 何としても否定したい自分と、今の現状を見ての自分の考えに悩みながらも、紗耶香は何も出来ずにいた。

 

「よし、開いたぞ!」

 

「すぐに記憶キューブに保存しろ」

 

「これでやっと……!」

 

「急げよ、何時まで騙せるか分からないんだからな」

 

 

 秘匿情報の閲覧に成功した事に喜んでる仲間を見て、紗耶香は視線を逸らした。差別撤廃に繋がる事を喜んでいるのではなく、明らかに私利私欲が見えてしまったからだ。

 だから図書室の扉が静かに破壊されるのに気がついたのは紗耶香だった。

 

「扉が!?」

 

「何!?」

 

「あの装甲をこんな静かに破壊出来るもんか!」

 

「だが明らかに壊れてるだろが!」

 

 

 ゆっくりと内側に倒れてくる装甲が完全に倒れた向こう側、つまり壊した側に立っていたのは、自分と同じ二科生の後輩とその妹だと紗耶香は気付かされた。

 

「お前たちの企みもそこまでだ」

 

「司波君……」

 

「うわぁ!?」

 

 

 紗耶香が達也を見て言葉を失ってると、仲間の一人が悲鳴のような声を上げた。何事かと見ると、さっきまでそこにあった記録用キューブが部品一つ一つに分解されていたのだ。

 

「くそ! 見られたからには生かしてはおけん!」

 

「駄目!」

 

 

 仲間の一人が隠し持っていた拳銃を取り出したのを見て、紗耶香は悲鳴にも似た声でそう叫んだ。だがその銃は発砲される事は無かった。

 

「ぐわぁ!?」

 

「愚かな真似は止めなさい。私がお兄様に向けられた殺意に気付かないとでも思いましたか」

 

 

 テロリストからして見れば、深雪の事情など分かりっこないのだが、何となく普段の仲の良すぎる二人を知ってる紗耶香はその発言に立ち竦んだ。

 

「壬生先輩、これが現実です」

 

「え……」

 

 

 竦んでいた紗耶香の耳に、低く重い達也の声が響いた。まるで自分が信じたく無かった事を容赦無く言われる気がして、紗耶香は反射的に耳を塞ぎたくなったが、達也の視線の鋭さで、まるで金縛りにあったかのように紗耶香の身体は動かなかった。

 

「能力も何もかもを無視した平等など、それは等しく冷遇された世界。貴女が追い求めていた平等なんてものは、理想の中か耳障りの良い嘘の中にしか存在しませんよ。貴女はただ、利用されただけなんです」

 

「で、でも! この学園にも差別はあるじゃない! それを無くそうとしたのがいけないの! 貴方だって誰からも侮辱されてたはずよ!」

 

 

 達也の言葉の刃で切り裂かれた心で、何とか反撃に打って出ようとした紗耶香だったが、彼女は決して言ってはいけない事を言ってしまった。

 

「誰もがお兄様を侮辱した? それこそが侮辱です!」

 

「ッ!」

 

「私はお兄様が世界中の有象無象に侮辱されようと、変わらぬ敬愛を捧げます。それにお兄様のお力を認めてくださってる人は大勢居ます。壬生先輩、貴女にはそう言った人は居なかったのですか? 貴女の事を最も侮辱してるのは、貴女を雑草だと蔑んでいるのは、壬生先輩、貴女自身です!」

 

「私…自身が……」

 

 

 達也に砕かれた心に追い討ちをかけるように畳み掛ける深雪の言葉に、紗耶香は棒立ちをして動けなくなっていた。

 

「何をしている! 壬生、アンティナイトの指輪を使え!」

 

「!」

 

 

 既に心は離れている味方の言葉に反射的に身体が動いた紗耶香は、アンティナイトにサイオンを送りキャスト・ジャミングを発動させた。

 

「よし、撤収だ!」

 

「これでも喰らえ!」

 

 

 榴弾型の煙玉のようなものを使って目晦ましをしたテロリスト達だったが、達也には視界など必要無かったのだった。

 

「グェ!?」

 

「グボッ!?」

 

「ウグゥ……」

 

「ガハッ!?」

 

 

 一人一発、腹部を抉るような拳撃にテロリスト四人は床に沈んだ。キャスト・ジャミングが納まったのを確認して、深雪が煙を収束して窓の外に移動させた。

 

「壬生先輩が居ませんね?」

 

「あぁ。さっき通り抜けてくのを感じた」

 

「拘束しなくてもよろしかったのですか?」

 

「その必要は無いよ。さっき先輩にも言ったけど、先輩は利用されてただけだからね」

 

「ですが、逃げられたら元も子もないのでは……」

 

 

 深雪が不安そうに達也を見上げているのを見て、達也は笑みを浮かべながら深雪の頭を撫でる。

 

「大丈夫。今の壬生先輩に逃走ルートを考えるほどの余裕は無い。だとすると一直線に出口を目指すだろう」

 

「そうでしょうね……それでお兄様?」

 

「そこにはエリカが居る」

 

 

 説明になってない達也の説明に、深雪は首を傾げた。偶にあるのだが、達也は全てを説明しないで深雪に考えさせるようにさせてるのだ。

 

「エリカなら、剣士として戦わせてあげる事が出来ると言う事ですか?」

 

「正解」

 

 

 答えを導き出せたご褒美とばかりに、達也は深雪の頭を更に撫でる。足元にテロリスト達が沈んでいるというのに、この兄妹にはそんな事は関係無いのだった。

 

「ですがお兄様、エリカが壬生先輩に勝てる見込みはあるのでしょうか?」

 

「直接見た訳じゃないが、恐らく壬生先輩じゃエリカの相手は務まらないだろうな」

 

「そうなのですか?」

 

 

 深雪の不思議そうな視線に、達也は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。『千葉』と言う苗字が気になって独自に調べた事を、達也は深雪にも教えていないのだった。

 

「とりあえず、この男共を拘束してから合流するとしよう」

 

「手近にロープなどは無さそうですが……」

 

「図書館だからな」

 

 

 何か使えそうなものを探し、荷造り用のビニール紐を見つけた達也は、とりあえずそれで男共の手足を縛ったのだった。




次回、エリカVS紗耶香です

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