大会四日目の午前、アイス・ピラーズ・ブレイクの女子ソロで、深雪は決勝リーグの二試合をいずれも一分以内に終わらせて優勝した。相手選手のトラウマが心配される圧勝だったが、それを深雪が気にした様子は無かった。
昼食の後はアイス・ピラーズ・ブレイク男子ソロと、シールド・ダウンの男子ソロ。達也はシールド・ダウンを担当する。リングサイドへ向かう途中で、達也は沢木と合流した。
「司波君、今日は随分調子が良さそうだな」
「そんなに違いますか?」
午前中はピラーズ・ブレイクに掛かりきりだったとはいえ、朝食時にはテントで顔を合わせている。今更感と唐突感を同時に覚えながら、達也は沢木に問い返した。
「ああ。初日、二日目、三日目と、何となく集中し切れていなかった様に見えていた。それでもきちんと結果を出していたから口出しするつもりも無かったが、何か悩みでも抱えているのかと思っていたぞ」
達也は内心舌を巻いていた。彼が抱えていたのは悩みでは無く迷いだが、それを顔に出したつもりは無い。現にほのかや雫や幹比古といった友人たち、沢木より彼に近しい五十里やあずさといった面々も彼の不調に気付いた様子は無い。
「今日はすっきりした顔をしているな。覇気が伝わってくる」
「自分でも気付かない内に疲れが溜まっていたのかもしれません。昨日は久しぶりにぐっすり眠れましたから、それで体調が戻ったのでしょう」
「それは良かった。司波君、その調子で気合いを入れていくぞ」
自分なら納得しないだろうなと思う言い訳をした達也だったが、沢木が不審を覚えた素振りも見せなかったのでこれ以上気にする事はしなかった。
達也の復調と足並みを揃えるように、一高の追い上げが始まった。四日目、一高の成績はアイス・ピラーズ・ブレイク男子ソロ三位、女子ソロ一位。シールド・ダウン男子ソロ一位、女子ソロ一位。前日の時点で一〇〇点に開いていた三高との差は六〇点に縮まった。
一高の快進撃は新人戦でも続き、ロアー・アンド・ガンナーは男女共に一位。達也は男子のエンジニアをケントと共に務め、七高を打ち破り後輩ペアを優勝に導く。女子は香澄が表彰台の中央で達也に手を振っていた。
新人戦二日目はシールド・ダウンとアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝。シールド・ダウンの方は男子が三位に終わったが、女子が見事に優勝。達也は水波のエンジニアを担当していたが、ここでは殆ど出番が無かった。
アイス・ピラーズ・ブレイクも同じく男子が三位、女子が優勝。女子アイス・ピラーズ・ブレイクは泉美の独壇場だった。一高の天幕に戻って来た泉美が何処となく煩悩を臭わせる笑顔で深雪に抱きついたが、この時ばかりは深雪も泉美の気が済むまで抱き枕に甘んじていたのだが、その隙を突いて水波が達也に抱きついたのですぐに泉美を引き剝した。
「水波ちゃん、何をしてるのかしら?」
「達也兄さまのお陰で優勝出来ましたので、そのお礼をしていただけです」
「じゃあ何でお兄様に抱きついたのかしら?」
「いえ、七草さんが深雪姉さまに抱きついていましたので、私は達也兄さまに、と思っただけです」
思わぬ形で足並みがずれかけたが、達也が二人を宥めて何とか治めた。そして新人戦三日目――
「……これは仕方が無いな」
「やはりミラージ・バットで亜夜子ちゃんと勝負するのは厳しいですね……私でも相手にならないでしょう」
実は一高では花形競技であるミラージ・バットに香澄か泉美のどちらかを出場させようという案があり、支持する者も多かった。だが達也が強硬に反対して、香澄はロアー・アンド・ガンナー、泉美はアイス・ピラーズ・ブレイクへの出場に落ち着いた。
七草家の魔法師の特徴は苦手が無い事で、言い換えればどんな魔法にも向いているのだが、彼の本音は「ミラージ・バットで亜夜子に勝てない」だった。彼女が極散と同じくらい得意とする魔法「疑似瞬間移動」はこの競技に最適の魔法なのだ。
達也と深雪が予想した通り、新人戦ミラージ・バットは亜夜子が一人で得点を重ねる展開となっていた。途中、亜夜子と目があった達也は、彼女が楽しそうにしているのを確認していた。
そして新人戦最終日、モノリス・コード。今年から総当たりリーグ戦になったモノリス・コードは、本戦も新人戦も二日に分けて六つの会場を使い、一チーム八試合を十回戦に分けて行う。
ライバルと目されていた三高に辛勝した時点で、新人チームには優勝ムードが漂っていたが、三高が四高に負けたのを目の当たりにして、琢磨たちの意識は冷水を頭からかけられたように引きしめられた。
「凄いな、アイツ。名前、何てったっけ?」
「黒羽。黒羽文弥だ」
「黒羽ってやっぱり……」
関係者用の観覧席ではなく一般応援席でこの試合を見ていた達也にレオが訊ねる。達也の答えを聞いた幹比古が、他聞を憚る様に口ごもる。
そして一高対四高の試合が行われ、残念な事に一高は四高に――つまり文弥に手も足も出ずに敗北した。新人戦モノリス・コードは四高の優勝で幕を閉じたが、一高は二位を確保し、新人戦の総合優勝を飾った。
その結果、新人戦終了の時点で一位の三高と二位の一高の差は五点となった。一年生の活躍により、一高と三高の優勝争いは振り出しに戻った。
新人戦最終日の夜、達也は文弥と亜夜子と顔を合わせていた。もちろん、人目に着かないように細心の注意を払って。
「文弥、亜夜子ちゃん、優勝おめでとう」
「ありがとうございます、達也さん」
「達也兄さんが見てくれてると思うと、何時も以上に気合いが入りました」
「そうか。じゃあ俺は一高にとってありがたくない存在だったのかもな」
達也の冗談に、文弥と亜夜子が笑みを浮かべる。
「兄さんは一高の生徒ですが、その前に僕たちの再従兄ですからね。一高で結果をだして、なおかつ僕たちに力をくれたんですよ」
「来年は深雪お姉さまと勝負しますわ」
「深雪はミラージ・バットには出ないぞ」
気合いを入れている亜夜子に事実を告げ、達也は二人と別れ部屋へと戻るのだった。
黒羽姉弟はIF出来そうですね。