劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一月が終わってしまう……


響子の事情説明

 響子が達也と八雲を連れて行った先は、達也が作業車として使っているキャンピングカーと似たような車の中だった。

 

『マスター、通信用の電波は感知されません』

 

 

 牛山たちの協力を得て、3Hのボディが許す範囲で可能な限り強化したピクシーのセンサーにも不審を抱かせるものは引っかからなかった。

 

「達也君、掛けて。八雲先生もどうぞお座りになってください」

 

 

 響子は少し思案顔をしてピクシーを見たが、結局何も言わずに車のキッチンへ向かった。彼女は黒い液体の入ったグラスを三つ、トレーに載せて戻って来た。

 

「最初から話した方が良い?」

 

 

 達也の正面に座り、飲み物を勧める事もせず、響子はいきなり達也に話しかけた。砕けた言葉遣いになっているのは「達也を相手に話す」というスタンスの表れだろうか。

 

「そうですね。詳しいお話の前に、いくつか確認しておきたい事があるんですが」

 

「いいわよ」

 

 

 達也は警戒した様子も無くグラスに口を付けた。自分が出したアイスコーヒーを達也が躊躇わず飲んだ事に、響子は驚きを感じない。達也には自分よりずっと正確に物質の成分認識が可能だと彼女は知っていたし、達也に毒はほんの一瞬しか効果が無い事も知っているからだ。

 

「一つ目は、何故最初のメッセージの後、詳しい情報をリークしていただけなかったのかという事です。少尉は監視を受けているのですか」

 

「ええ」

 

「では二つ目。この接触は風間少佐、ひいては佐伯閣下の意図したものなのですか。それとも九島閣下の意図したものなのですか」

 

「……隊長の命令よ。祖父の監視は受けていないわ」

 

「藤林のお嬢さん、僕からも一つ良いかい」

 

 

 響子の言葉に疑問を覚えた達也が何かを訊ねる前に、八雲が横から口を挿んだ。

 

「ええ、どうぞ」

 

「藤林家はどういう立場なんだろう?」

 

「中立です」

 

「本心では反対だけど、九島家のやる事に表だって反対は出来ないという事かな?」

 

「………」

 

「藤林家の現当主夫人は九島家現当主の妹さんだ。その縁で藤林家は『九』の魔法師と伝統派の対立において、古式でありながら『九』の魔法師の側に立ってきた。もし今九島家と袂を分かてば、藤林家は魔法界で孤立してしまう……というところか。でも教えて欲しいのはそこじゃない。藤林家は大陸の方術士を利用する事についてどう考えているんだろうか」

 

 

 何時も飄々として喜怒哀楽を映し出さない八雲の目が鋭い光を帯びる。

 

「その事でしたら、好ましくないと考えております。今回、真言伯父上が旧第九研に亡命方術士を招き入れた事については、父が繰り返し翻意を促していました。確かに亡命方術士が持つ技術は有用なものでした。彼らから提供された術式を利用することでパラサイドールの想子消費量は最大で三割減少しました。しかしそれでも、彼らを招き入れたのは誤りだったと父も私も考えています」

 

「師匠。すみませんが、順番に行きましょう」

 

 

 達也の一声で、八雲と響子の間に張り詰めていた緊張が霧散し、八雲の顔は何時も通りの感情が無い薄笑いに戻った。その代わり、達也から陰険な造り笑いを向けられている響子は種類の異なる緊張感を味わわされる事になった。

 

「藤林少尉、今回の件で俺は随分もどかしく苛立たしい思いをしました。九校戦で魔法科高生を相手に魔法兵器の実験が計画されている、というアウトラインは分かっていてもその裏で本当は何が起こっているのか中々掴めませんでしたから。まあ正直なところ、今でも分かっていませんが。何せ情報提供者が情報を出し渋ってしまいましたので」

 

「えっと……達也君、それはね」

 

「ただ舞台裏で暗躍する者たちの意図を無視すれば、それ程難しい話でもありませんでした。まず、国防軍内の対大亜連合強硬派が、九校戦の種目を戦闘寄りのものに変えた。次にこれを利用して九島家がパラサイドールの性能試験を計画した」

 

「言いだしたのは祖父で、伯父は当初反対していたみたいだけど」

 

「では亡命方術士の利用を決めたのも九島閣下ですか?」

 

「……いえ、それは伯父のした事よ」

 

「そうですか。九島家現当主に取り入り亡命方術士を背後で操っている者を、仮にXとしましょう。Xはパラサイドールを暴走させ、九校戦出場選手の死傷を狙った。最終的な狙いは将来この国の戦力となるかもしれない魔法師の供給を未然に絶ち、そうすることで日本の国力増強を妨害する事でしょう」

 

「ええ、我々もそう考えています。だから私はここにいます」

 

「……どういう事でしょう」

 

 

 不信と不審感を込められた達也の視線から、響子は目を逸らさなかった。

 

「達也君。我々は貴方に、パラサイドールの暴走を止める協力を要請します」

 

「協力、ですか?」

 

「ええ、命令ではありません。この依頼は任務として命令出来る範囲に含まれていない。だからこれは協力のお願いです」

 

「つまり、俺に非合法破壊工作員になれという事ですか?」

 

 

 響子が言おうとした事を先回りして達也が問いかける。その目は険しさを増していた。

 

「そう解釈されても仕方ないと思ってるわ」

 

「……良いでしょう」

 

「ありがとう。この車は自由に使っても構わないわ。これが鍵ね。それからこれがムーバル・スーツ。用が済んだらそこのスイッチを押して頂戴。五分後に内側だけ自爆するから」

 

「ムーバル・スーツはどうします? 車の自爆程度で燃え尽きるものではないと思いますが」

 

「元の箱に入れておいてもらえれば完全に焼却出来るわ。これは実験済みよ」

 

「了解です」

 

 

 響子に向かって頷いた達也は、白けた目で「自爆ボタン」を見ながら独り言のように呟いた。

 

「今回は利害の一致という事で従っておきますが、いずれこの貸しは返してもらいますよ」

 

「えっと……達也君? 怖いんだけど……」

 

「散々利用されましたからね。響子さんにはそのうち纏めて貸しを返してもらわないと割に合いませんよ」

 

「それじゃあね、達也君。貴方なら大丈夫だとは思うけど、怪我だけはしないようにね」

 

 達也のセリフに顔を蒼くしながら、響子は逃げるように別れを告げた。その響子に、八雲が付き添って行ったのを達也は見送ったのだった。




にっこり笑顔の達也さん……怖いです。

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