劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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忍術、恐るべし……


八雲の術

 達也から離れて暫く経った頃、八雲が響子に話しかける。

 

「お嬢さん、あれは本当に風間くんの命令だったのかい?」

 

「……どういう意味でしょう? それに『お嬢さん』は止めていただけませんか」

 

「これは失礼。僕が考えているのはね、藤林さん。達也くんにあんなことをやらせる必要は無いんじゃないかって事なんだよ。誤解しないように言うと、本当はパラサイドールの暴走なんて起きないんじゃないか、ってことなんだけど」

 

「私が嘘を吐いていると仰るんですか」

 

「嘘を吐くのも仕事の内だからねぇ……まぁ、達也くんには嘘を吐きたくないって気持ちがあるのは分かるけど」

 

 

 八雲は責めてるとも慰めてるとも、どっちとも取れる口調で嘯く。

 

「兵器には安全装置を付けるものだ。九島烈ともあろう者がそれを怠るとは思えないな……ところで藤林さんは知っているかな? 密教にも人形を傀儡として使役する術があるんだ。徳が足りずに本物の護法童子を呼ぶ事が出来ない修行僧が、その代理に使役する紛い物の護法童子なんだけどね」

 

「いえ……存じませんでしたが、想像はつきます」

 

「この前久しぶりに『本山』へ行ってね。その道の専門家に聞いてみたんだ。彼は既に本物の護法童子を呼び降ろすまでになっていて、もう紛い物は使っていないって言っていたけどどんな術者でも守る対象、攻撃する対象の定義は忘れないそうだよ。そしてその定義を傀儡が破った時は罰を与える。傀儡を動かしていたモノがそれ以上悪さをしないように封じてしまうそうだ。その封印の術まで含めて一つの使役術だと言っていたな」

 

 

 振り返った八雲を見て、響子は悲鳴を上げようとしたが出来なかった。彼女は既に八雲の術中に落ちていたのだ。

 

「パラサイドールにも同じような術が仕組まれているんだろう? 例えば非戦闘員に対する攻撃を禁止するような。そうでなければ自律行動する兵器としては使えないからね」

 

「……仰る通りです」

 

「方術士がパラサイドールに高校生を襲わせようとしても、大元の術式がそれを許さない。暴走を始めようとした途端、制御術式は封印術式に変わりパラサイトを封印する」

 

「そう聞いています」

 

 

 響子は意識も意思も失ってはいない。ただ隠せない。嘘を吐けない。

 

「パラサイドールを狂わせるには、機械人形にパラサイトを固定している術式を解除して、自由になったパラサイトを再度機械人形に固定する手順を踏まなければならない。パラサイトが機械人形に固定されたままの状況では効果が無い」

 

「分かりません」

 

「そうか……まだそこまで検証が進んでいないのかな。そういうことらしいけど、風間くん。君は知っていたのかな?」

 

 

 八雲が暗闇の中に呼びかけると、闇が人の形を作った。駐車場からホテルに続く疎らな灯りの下に風間が姿を現した。

 

「何をですか」

 

「達也くんが危ない橋を渡る必要は無かったという事を」

 

「いえ、知りませんでした」

 

「こちらのお嬢さんに聞かなかったのかい?」

 

「はい」

 

「ふーん……どうやら達也くんを暴れさせたい理由があったようだね」

 

「達也に黙っていたのは師匠も同じでしょう」

 

 

 風間は質問に質問で返す事で、間接的に八雲の言葉を肯定した。

 

「師匠は何故達也を止めなかったのですか」

 

「止めたらマズイ事になっていたからさ。藤林さん、さっきの話だけどね、あれは一般論だ。今回に限っては、そう上手くいかない可能性があるんだよ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「九島烈も同じ思い込みに捕らわれているんだろう。彼だけじゃ無く、旧第九研の老人たちは同じ常識に安住しているんじゃないかな。パラサイトの性質について、君たちは達也くんから詳しい報告を受け取っているはずだね。パラサイトはこの世界と異なる次元から、強く純粋な想念に惹かれて、次元の壁に穿たれた小さな穴を通りこの世界へやって来た」

 

「まさか……九重先生が仰りたいのは!?」

 

「強く純粋な想念。この九校戦の、優勝が懸かった明日最終日程、それにあふれている場所も珍しいんじゃないかな?」

 

「パラサイトを拘束する術式が誤作動を起こすと?」

 

「暴走するかもしれないし、暴走しないかもしれない。少なくとも絶対暴走しないと断言する事は出来ないと思う。そして暴走したパラサイドールは最終的に破壊され、機械の身体から解放されたパラサイトは強く純粋な想念を抱く若者に取り憑く、かもしれない。達也くんもその事を考えていないわけじゃなさそうだったし、あの戦闘服を達也くんに渡したのは――風間くんが独断で動いた事は結果的に間違えじゃ無かっただろうね。だからこの件は僕の胸の中にしまっておいてあげよう。その代わり教えて欲しい事がある」

 

 

 八雲は風間に対して、佐伯に情報隠蔽を伝えない代わりに情報提供を要求した。

 

「何でしょうか」

 

「九島家に大陸の方術士を送り込んだのは誰だい?」

 

 

 八雲の問い掛けに答えたのは響子だった。

 

「……横浜華僑の周公瑾という青年です」

 

「横浜の周公瑾ね。最近やけに良く聞く名前だ」

 

「師匠、ご存知なのですか?」

 

「じゃあ、知りたい事も聞けたことだし、僕はこれで。情報隠蔽や裏工作の件は約束通り黙っていてあげよう」

 

 

 八雲が灯りに照らされた道の外に一歩踏み出しただけで、彼の姿は消えていた。

 八雲の姿が消えたのを見て、風間も足を進める。その背中に響子も続いた。

 

 

「少尉も九島閣下に騙されていたようだな」

 

「はっ?」

 

「パラサイドールには暴走の可能性があった。しかし少尉はその可能性が無いと教えられていた。そうだな?」

 

「あっ、はい」

 

「貴官は情報の真偽を自分で確かめようとした。すぐに報告しなかった事は失態だが、結果的に偽の情報を持ちこまずに済んだ。その結果誤った命令が下されるのを予防した。少尉――ご苦労だった」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

 

 歩き続ける風間の背中に、響子は足を止めて深々と腰を折った。




達也に引き続き八雲にも驚かされる響子……

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