八月十五日、九校戦十一日目。達也はこの十日間と同じ時間に起きて、同じように一高のテントで朝食を済ませ、同じように担当選手の最終チェックを行った。今日のスケジュールは午前九時半から女子スティープルチェース・クロスカントリー、午後二時から男子のスティープルチェース・クロスカントリー。参加選手のエントリーは昨日午後五時に締め切られている。
達也の担当は女子二年生全員と幹比古の合計六人。彼は七時半から作業を始めて九時に調整を終わらせた。その間ずっと働き詰めだったのではなく、間に結構休憩を挟みながらなのだが、傍で見ている者にとってはかなりの重労働に見えたようだ。服部や五十里は「大丈夫(か)」という声を何度も掛けていた。だから作業が完了した後、達也がスタートを見る事無く部屋で一休みすると告げた事に不審感を懐いた者はいなかった。
達也は誰にも見られる事無くホテルを抜け出して駐車場へ足を向けた。九校戦用に解放されている駐車場ではなく軍関係者用の区画だが、近づくだけなら怪しまれたりしない。途中でピクシーが合流したのだが、ピクシーの隣にもう一人、達也が呼んでいない少女の姿があった。
「水波、何故ここに?」
「深雪様のご命令です」
「深雪の?」
水波は今、「深雪姉さま」ではなく「深雪様」と言った。言い間違いではなく明らかに意図的な物言いだった。つまり水波は今、一高の後輩としてではなく、偽りの従妹としてでもなく、四葉の使用人として行動しているということだ。
「自分は競技中で達也様の御力になれないから、自分の代わりに達也様をお助けせよと」
「分かった、ついて来い」
「はい」
水波は追い返されるなど微塵も考えていない様子だった。
響子が持ってきた車の中でムーバル・スーツに着替えた達也は、ピクシーにパラサイドールの配置を訊ねた。
『ここです』
ピクシーから思念が伝わってくるのと同時に、十六の光点が地図と共に達也の眼前へ投影された。パラサイドールの布陣を見て、達也は先頭の深雪がパラサイドールに接触するまで最短で十分と予想した。
「(ならば、一番手前のパラサイドールを八分以内に倒し、二十分以内に掃討を完了する)水波はここで襲撃者に備えてくれ」
「はい」
達也の命令を受け、水波は素直に頷いた。だがこの命令に不服を感じていると彼女の瞳が語っている。水波は達也が自分を荒事から遠ざけようとしていると感じたのだろう。それは危険な誤解だった。
「水波、ピクシーはパラサイドールの位置を特定するという重要な役割を担っている」
「はい」
「しかしこの探知は一方的なものではない。パラサイドールの側でもピクシーの存在を探知出来る。そしてピクシーがドールに自分を認知されているのが分かるように、ドールを運用している者たちにもピクシーによって俺がドールの居場所を特定している事が分かっているだろう。この作業車が狙われる可能性は高い」
「はい」
水波がハッと目を見張り、緊張した面持ちで頷く。
「撃退しなくても良いが、この車は守り抜くように」
達也の命令に、水波は緊張感をぬぐい切れていない表情で頷いたのだった。
スティープルチェース・クロスカントリーは会場のディスプレイだけではなく、ケーブルでも中継されている。全国版は国防軍の検閲を経ないと流せない為、基地内に限定したローカルケーブルだが、逆に基地内であれば会場から離れていても受信出来る。だが軍人たちの関心は女子高生のあられもない姿ではなく別の者に向いていた。
「未確認魔法師の侵入を確認しました」
「映像に出せるか」
「リアルタイムの映像は無理です。カメラが足りません」
「録画でも良い。出せ」
「ハッ」
「もっと明るくならんのか?」
「ハッ、ただ今」
ビデオデータの明度を変えて再生された。輪郭がぼやけた代わりに明るさを増した映像に映る人影は、彼らの持つ飛行戦闘服に良く似ていて所々違っていた。
「佐伯少将の所で開発している新型のムーバル・スーツだな。ではあの情報は本当だったのか」
国防軍で正式に認可された計画では無く非公式の秘密実験である魔法兵器のテストを、佐伯少将が潰すべく秘密裏に工作員を投入するという噂が流れており、酒井大佐は部下に指示を出す。
「九島の技術者に連絡を。反撃は構わないが、工作員を殺してしまわぬようにと」
「ハッ、工作員に致命傷を与えぬよう指示します」
対立する立場にあっても、国益を守る為の貴重な人材が失われないよう手配をしたのだった。
九島家当主・九島真言は、実験現場からの通信に顔を顰めた。
「破壊工作員を殺すな、か……ドールの攻撃目標を侵入者に変更。連携して侵入者を拘束せよ。殺さない範囲で全ての攻撃を許可する」
魔法師を殺すなという指示自体に異議は無い。だがいざとなれば魔法師を、魔法師という理由だけで彼らは死地に放り込むのではないか。そうならないようにパラサイドールを開発したというのに、その自分たちの邪魔をしようとする魔法師にも真言は憤りを抑えられず、通信機の向こう側の開発主任へぶつけたのだった。
「真言様は随分お怒りのようだ」
怒声を浴びせられた開発主任は、まるで堪えていない顔で助手に振り返った。
「だが、確かに邪魔だな。侵入者を攻撃対象に設定しろ。最終目的は捕獲。それから、ドールが探知した個体がいただろ? あれは間違いなくこいつの協力者だ。そっちにも人員を回して確保しろ」
開発主任はパラサイドールに達也の拘束を命じると共に、命令権を預けられた九島の私兵に対しピクシーの強奪を命じた。
いよいよ戦闘ですね……面倒だなー……