劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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前回ほど派手には動きませんけどね。


魔醯首羅、再び

 スタートから五分、選手は学校別のグループに分かれていた。現在の順位は各校ほぼ横一線状態だ。どの学校もここまで、手探り状態で進んできた。それでも四キロメートルのコースの四分の一近くまで来ているのは、魔法あってのスピードだ。そして各学校とも、そろそろコースに慣れペースアップの段階に移ろうとしていた。

 

「花音、飛ばしすぎよ!」

 

「コースの感じは掴んだ! 他校も同じだと思う!」

 

 

 ペースを上げた花音に、朝子から苦情が飛んだが、花音は足を緩めずに、振り返りもせず大声で答えを返した。言外に「ペースを上げなければ勝てない」という反論を込めて。

 

「皆は無理しないで良いよ!」

 

 

 そう付け加えて彼女は更にスピードを上げる。小刻みに跳躍の魔法を使って木の根を避け下草の疎らになっているところに着地して、そのまま極小規模な「地雷原」を発動する。彼女の目の前で地面が陥没し、その穴目掛けて樹上から大量の砂が降り注いだ。

 花音は自慢げに唇の端を吊り上げて、穴の向こうに跳び――着地した右足が泥に沈んだ。

 

「くっ、このっ!」

 

 

 花音は慌てて終了したばかりの跳躍術式を連続発動する。左足が宙を蹴り、泥に埋もれていた右足が姿を見せた――足首に白い紐を纏わり付かせて。花音の身体が完全に地面から離れれ、白い紐がピンといっぱいに引っ張られる。端は泥の中に固定されているようだ。

 花音の身体が紐に引かれて空中で止まる。定義内容が実行不可能となったことにより、跳躍術式が霧散する。その結果、花音はうつ伏せに泥のプールへ落下した。

 

「わきゃっ!?」

 

「千代田先輩!?」

 

 

 彼女が罠に掛かった事により追いついた一高グループの先頭に立っていたスバルが、あまりの惨状に悲鳴と言うよりあっけに取られているような声を上げた――途端に泥沼が爆発した。

 泥の中から立ち上がった花音の身体を中心に、落ちた時より数倍派手な泥飛沫が発生する。魔法の兆候を感じ取った深雪が咄嗟に対物障壁魔法を発動。彼女が構築した透明な壁のお陰で、女子生徒十一人が泥まみれになる事は避けられた。

 爆発は加速系魔法「エクスプロージョン」によるもの。使ったのは言うまでもなく爆心地に立つ花音だ。同級生・後輩が見守る中、花音はのろのろと、ではなく、きびきびと、でもなく普通を装った感じで顔を上げてゴールラインの方角へ目を向けた。彼女がすうっ、と息を吸い込んだのが、後ろ姿で分かった。

 

「――ふざけるなぁぁ! これの何処が軍事訓練なのよぉー!」

 

 

 そして花音はヒステリックに絶叫すると、クレーターから飛び出して行った。

 

「……僕たちも行こうか」

 

「……ええ」

 

 

 隣に立っていたスバルに声を掛けられ、深雪は彼女と二人で後続グループの先頭に立って、レースを再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラサイドールの開発主任が、移動ラボの中で悲鳴を上げる。彼の自信作がまたしても眠らされたからだ。

 

「バカな、こいつは本当に人間ですか!?」

 

 

 左右から同時に、十師族の魔法師でも間に合わないスピードで振動波を浴びせた。この二体には「音」の妖力が与えてあり、低周波で平衡感覚を狂わせるも高周波で聴覚を破壊するのも思いのままだ。

 彼の可愛いドールの攻撃は確かに効果があった。魔法師は確かによろめき膝をついた。それは演技には見えなかったのに、画面の中の魔法師はダメージを受けた直後に反撃してきたのだ。

 

「こいつはいったい何をやったのです!? いったい何が起こったのですか!?」

 

 

 最初の攻撃は古式魔法で「遠当て」と呼ばれる無系統魔法。それだけでパラサイドールにダメージを与えた理屈は分からないが、何をやったのかはとりあえず推測出来た。だがその次の間合いを詰めての直接攻撃は、ただ掌底で胸を打つ。ただそれだけでパラサイドールを行動不能に落とすそのシステムが分からない。パラサイトを解放するでもなく、機械体を破壊したのでも無く、ただ機能を停止させる。

 その技術も不気味なら、パラサイドールの妖力攻撃を受けても何事もなく戦闘行為を継続したその肉体も不気味だった。

 

「こいつまさか、イモータル……本物の吸血鬼とでもいうのですか!」

 

 

 移動ラボの驚きは、司令部・分棟の高級士官用会議室でも共有されていた。

 

「この魔法師は……いったいどういう身体の構造をしているのだ? タフだとか我慢強いとか、そういうレベルでは無いぞ」

 

 

 監視カメラの映像は一対四になっており、水銀の弾を全身十八ヶ所から撃ち出すドールの射撃がムーバル・スーツの装甲に穴を穿ったが、次の瞬間には魔法師は何事も無かったかのようにパラサイドールへ襲い掛かっている。

 

「摩醯主羅……」

 

「何?」

 

 

 メンバーの一人が零した呟きに、酒井大佐が質問を投げかける。

 

「大佐は四年前の沖縄防衛線、および昨年の横浜事変で敵軍から『摩醯主羅』と呼ばれた戦闘魔法師の事をご存知でしょうか」

 

「……そういえば聞いた事がある。機動兵器を一撃で消し去り、どんな攻撃を受けても次の瞬間には何事も無かったかのように復活する……まさか、あの者が!?」

 

「状況から見て『摩醯主羅』は風間少佐に縁の魔法師と考えられます」

 

「第一○一旅団独立魔装大隊の風間玄信少佐か」

 

 

 第一○一旅団が開発したムーバル・スーツを身に纏い、不死身を思わせる耐久力を示す魔法師。符牒は一致する。

 

「何故そんな化け物が高校生の大会如きに出てくるのだ……!」

 

 

 九校戦は魔法師にとって重要行事かもしれないが、国防軍にとっては高校間のお祭りに過ぎない。実験に犠牲者が出たとしてもせいぜい高校生が四,五人怪我をする程度だろうと考えていた酒井大佐は、佐伯少将の真意が理解出来ず、不気味な予感を覚えていた。

 まさか『摩醯主羅』と恐れられる戦闘魔法師の正体が、高校生の達也だとは誰一人思いつくはずもない。酒井大佐の零した言葉に、メンバーたちはモニターの中で倒されていくパラサイドールをただただ見詰めていたのだった。




やっぱ達也さんパネェっす……

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