劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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九校戦も終わりですね……


達也VSプライム・フォー

 スタートから十五分、既に各校とも一つのグループになってコースを攻略するのではなく、第一集団、第二集団、第三集団を形成してゴールを目指すスタイルになっていた。一高の先頭集団は花音、スバル、深雪の三人。花音は陸上部で三千メートル障碍の選手。魔法の得手不得手以前に障碍物を越えながら走るという感覚に慣れている。スバルは「跳躍」が得意魔法で、深雪は地面すれすれの飛行魔法を巧みに使いながら障碍物を避けている。

 

「スバル、どうしたの?」

 

 

 幹を蹴って移動していたスバルがいきなり跳ぶのを止めてとある木の根元に着地した。そのスバルに追いついた深雪が同じように立ち止ってスバルに訊ねる。

 

「あれを見て」

 

「――戦闘用ガイノイドだね」

 

 

 スバルの指差す方へ目を向け、それが何か分かった花音が正体を口にした。

 

「機能を停止しているように見えますが?」

 

 

 それがパラサイドールで、達也が倒した物だという事は、深雪にはすぐに分かった。だが彼女はその事を微塵も疑わせる事無く、見たままの結果だけを口にした。

 

「わたしにもそう見える」

 

「以前の演習で使った機体の回収漏れでしょうか?」

 

 

 このセリフはスバルのもの。ありそうに思えてあり得ない推測だったが、そこまでは花音にも分からなかった。

 

「……とにかく、動いていないなら気にする必要もないわ。もしかしたら疑心暗鬼にさせて足を鈍らせるのが目的かもしれないし」

 

 

 これが花音の判断だった。そう考えてくれるなら、深雪もあえて異を唱える必要は無い。

 

「では?」

 

「これ以上タイムロスしない内に進むわよ」

 

 

 深雪の短い問い掛けに答えて花音が駆け出す。スバルと深雪がそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラサイドールの集団に囲まれて、達也は心の中で呟いた。

 

「(思ってたより手強いな……予定より時間がかかっている。深雪がトップで追いつくまで、猶予時間はあと十分といったところか)」

 

 

 今いる場所は、一体目と遭遇した地点より随分ゴールライン寄りだ。スタートライン方向のパラサイドールは全て沈黙させている。十六体全てを機能停止に追い込めば、彼にとってこの事件は解決だ。

 パラサイトを解放せずに倒す手段を得た時点で、パラサイドールは達也の敵ではなかった。

 人間を宿主にしたパラサイトが難敵だったのは、宿主を殺してしまえばパラサイト本体が解放されてしまうからであり、本体を倒す手段を達也が持っていなかったからだ。だがパラサイドールの宿主は、想子を蓄積したガイノイド。壊れることはあっても死ぬことは無い。そして微量の想子だけ残した機体に宿らせておけば、パラサイトは本体の消耗を抑える為に休眠状態へ移行する。

 

「(残り四体……そこか!)」

 

 

 達也は超能力の十字砲火に曝されて傷だらけになりながら、自らの流血と苦痛を踏み越えて、十二体目のパラサイドールを休眠状態へ追い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部下から上がってくる悲鳴のような報告に、パラサイドール試験チームの主任研究員は血が滲まんばかりに唇を噛み締めた。彼は達也の――「摩醯首羅」の価値を知らない。ただ一人の魔法師に十六体全てのパラサイドールが倒されるような事になれば、この実験――ひいてはパラサイドール開発プロジェクト自体に失態の烙印が押されてしまうと考えたのだ。

 

「パラサイドール、残数四!」

 

「だが残る四体……最初の四個体(プライム・フォー)は今までのように行きませんよ!」

 

 

 主任がパラサイドールのモニターを見ながら独り言を漏らす。それが強がり、あるいは負け惜しみのように聞こえて、隣に座っていた部下が不安げに主任の顔を窺い見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也がパラサイドール四体の存在を感知した直後、彼が魔法を放つより速く拳大の砲弾が飛んできた。眼にも留まらぬ速さのそれを、達也は情報体認識力で視認し、右手を突き出してその砲弾を受け止めた。

 得意技で敵の先制攻撃を潰した達也だが、一息吐く余裕は無かった。糸のような細い力場が構築され、彼へ向けて撃ち出されようとしている。進行方向に対して垂直両方向に作用する斥力は、加重系魔法「圧斬り」と原理的に同一のものだ。

 達也はまたしても防御を優先せざるを得なかった。術式解散によりパラサイドールの圧斬りを無効化する。その時には別の個体が一挙手一投足の間合いに入っていた。両手に持つ武器は刃渡り三十センチの大型ナイフ。それ自体は達也にとって脅威にならないが、問題はそれを振うスピードだった。

 

「(速い……だが)」

 

 

 単純な速度ならエリカの自己加速術式に匹敵するが、彼女には有る「技」が無い。正確で無駄の無い動きだが、それだけだ。むしろ正確な分、予測しやすい。達也は左右二連の斬撃を躱し、術式解散を発動した。機械のボディを加速していた魔法が効力を失い、身のこなしが人並みのスピードに落ちる。

 まず一体。そう考えて達也は右の掌を打ち込もうとした。しかし――

 

「何っ!?」

 

 

 ナイフを持つパラサイドールの前に斥力の壁が出現する。圧斬りに使った個体のものでは無く、四体目のパラサイドールが展開した魔法障壁だ。達也が後方に弾き飛ばされると同時に、ナイフの個体も後方に下がる。合流したパラサイドールがダイヤ型のフォーメーションを取った。前に高速白兵戦型、右に土を圧縮し固めた砲弾を撃ち出すタイプ、左に圧斬りの飛刃使い、後ろに斥力の防壁を造り出す個体。

 

「(こいつら、連携が上手い)」

 

 

 一つの頭脳が四つの身体を操っているかのような、既に眠らせた十二体とは一線を画すコンビネーション。それは達也に攻撃のチャンスを与えぬ程に巧みなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九島の移動ラボでは、パラサイドール開発の主任研究員がモニターを見ながらすっかり興奮していた。

 

「良いぞ、プライム・フォー。その調子です! そこです! 切り裂いてしまいなさい!」

 

 

 エキサイトする主任に、部下が遠慮がちな声を掛ける。

 

「あの、主任。殺してはならないというご命令では?」

 

「はぁ!? 貴方たちは何を見ていたのですか。この魔法師は高度な自己再生能力を持っています。手足の一本や二本、切り落とされたところで死にはしませんよ」

 

 

 目はモニターを見据えたまま、取り付く島もない口調で主任が答える。画面を見つめるその目には狂気が宿っていた。




この主任、若干オネエっぽい気が……

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