劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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文弥と水波のやり取りはカットで……


戦闘終了

 頭の中に響いた能動テレパシーに従い、達也は身体を咄嗟に左へ傾けた。

 

『マスター、右です!』

 

 

 彼の右肩をこするようにして土の砲弾が飛んでいく。

 

『再装填まで五十秒。左から斬撃、右へ一メートル躱してください』

 

 

 達也が言われた通りに避けると、果たして圧斬りの飛刃は達也の左三十センチを通過した。

 

「ピクシー、敵の攻撃が分かるのか?」

 

 

 高機動タイプのナイフをグラブに仕込まれた装甲で捌きながら、達也は通信機を使ってピクシーに問いかける。

 

『砲弾来ます、狙いは頭部! ……はい、マスター。私には彼女たちの会話が聞こえます』

 

「会話? こいつらは独自の判断で動いているのではないのか?」

 

 

 ダッキングの要領で砲撃を躱し、それと同時に自己加速術式を無効化。機能停止の術式群を宿した右手を打ち込もうとするが、間一髪で障壁に阻まれる。

 

『その四体は常時思考を交換しながら行動しています』

 

「ピクシー、敵の会話を中継してくれ」

 

『かしこまりました』

 

 

 相手の動きさえ分かれば、プライムー・フォーは達也の敵ではなかった。まず厄介な砲撃型個体を無力化し、相手のコンビネーションを崩す。四体のパラサイドールの完全な連携攻撃は、一つが欠けると後は脆かった。

 

『斬撃、右手、右足、左足』

 

 

 ピクシーのアドバイスを待つまでもなく、達也はその攻撃を確認していた。術式解散により、圧斬りが分解され、達也はナイフを構えるパラサイドールへ突進する。その正面に形成された障壁を無効化し、ナイフへ手を伸ばした。

 達也がナイフを掴む。カーボンナノチューブ複合鋼が細やかな粒子になって崩れ落ちた――彼が掴んだブレードだけでなく、手を触れていないもう一つのナイフの刀身までもが。

 達也は得物を失った個体、ではなくその背後に控えた防御役のパラサイドールに向かい踏み込んだ。斥力場の障壁が展開されるが、構成中の魔法のみならず完成した魔法も無効化する技術を持つ達也に、障壁を張るだけの能力はあまり意味が無い。併用する攻撃能力が無くては達也を脅かす事は出来ない。

 防御役が眠りに就く。残る白兵戦用の高機動タイプと近距離非接触戦闘タイプの個体は、既に達也の獲物でしかなかった。

 

『マスター! 警備兵に囲まれていましたが、黒羽文弥様の援助を受け、こちらも何時でも撤退出来るようになりました』

 

「そうか。文弥にご苦労だったと伝えてくれ」

 

 

 本当は直接会って褒めるべきなのだろうが、色々と事情があり今は会う事が出来ない。達也はピクシーに伝言を頼み、自分も駐車場へと向かう。着ていたムーバル・スーツを「棺」に納める為と、車の中にある自爆ボタンを押す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スティープルチェース・クロスカントリーが通常の陸上競技と大きく異なる点は、他の競技者の状況が分からないという事だろう。同じように視界が効かない通常のクロスカントリーでも走るコースは決まっていて、追い抜いたり追い抜かれたりで大体の順位は見当がつく。

 だがスティープルチェース・クロスカントリーはコース自体が無いに等しく視界も木々で遮られている。その為一緒に走っているグループ以外の選手がどの辺りにいるのかが殆ど見当がつかない。

 メガネ型ゴーグルの情報端末に表示される地図に書かれたゴール済みの人数の数字はゼロ。自分たちがトップを走っていると、深雪たちは確信している。花音がピッチを上げ、スバルも花音に遅れぬようにスパートをかけたが、深雪は迷っていた。今のペースも、別に加減しているわけではない。トラップを警戒しながらだとこれが限界なのだ。今以上にペースを上げると、トラップを見落としてしまう可能性がある。このまま安全重視で行くか、それともリスクを冒してでも優勝を獲りに行くか――

 

「きゃあぁ!?」

 

「わーっ!?」

 

 

――深雪がそう考えた直後、続けざまに悲鳴が上がった。

 複数の自動銃座から放たれたペイント弾に貫通力は皆無だが、その分弾の持っていた運動エネルギーは全て衝撃に変換された。腰から足にかけ横殴りの弾幕を浴びて踏ん張る事も出来ず、転んだ拍子に怪我をしないよう防御姿勢を取るのが花音に出来る精一杯だった。

 スバルは空中でネット弾に捉えられ、網に包まれた状態で地面に落下していた。彼女が使っていた魔法は「飛行」ではなく「跳躍」なので、落下の勢いは魔法で軽減されているが、網が絡まってもがいている姿は、乙女の羞恥心的に花音より悲惨だった。

 

「こっ……こんなところで軍隊っぽくしなくても……」

 

 

 花音は苦しげに呻き声を上げていたが、その内容は愚痴というかツッコミというか、割と余裕がありそうだった。これなら大丈夫と判断し、深雪は二人に声を掛けた。

 

「すみません、先に行きます」

 

 

 スティープルチェースは個人競技、同じ学校の生徒とはいえ敵同士。チームを組んでいたのはその方が有利だったからに過ぎないので、深雪は二人を置いてゴールラインへ向けてレースを再開する。彼女はチラリとナビゲーションマップを確認した。ゴールした人数は、まだゼロのままだった。

 深雪はそのままトップでゴールラインを通過した。花音は根性でレースに復帰して見事二位、スバルは網から脱出するのに手間取って八位。この他一高の選手では、ほのかと雫が仲良く五位と六位に入り、三高トップの愛梨が三位で、栞が四位、沓子が七位だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スティープルチェース・クロスカントリーは女子が深雪、男子が将輝の優勝で終わった。総合優勝は今年も一高。途中まで苦戦した事もあってはしゃぎようは去年以上だ。三高の選手も、最後の最後で将輝が優勝を飾ったからか、何となく満足げな顔で後夜祭パーティーに出席している。もしかしたら「来年こそは」と思っているのかもしれない。

 他校で目立つのは新人戦モノリス・コードとミラージ・バットで優勝した四高だ。その立役者である可憐な男女の双子は、その容姿に似合わぬ堂々とした態度で例の噂に真実味を与えていたのだった。




次で終わるかな? そうすればまたIFをやります

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