達也と二人きりになった途端、穂波は達也の腕にしがみつく。一応の遠慮は穂波の方にもあったようで、深雪と水波を刺激し過ぎないようにとの行動だった。
「まさか深雪さんだけじゃなく水波ちゃんまで虜にしてるなんて、さすが達也君よね」
「あまり褒めらてる感じがしないのは、気の所為でしょうか」
「達也君が気にし過ぎなだけで、私は別に嫌味を言ったつもりは無いわよ」
穂波の言葉に他意を感じなかった達也は、疑いの目を穂波に向けるのを止め、表情を改めた。久しぶりの再会を喜んでいるような表情に。
「こうして直接話すのは、本当に久しぶりですね」
「そうね。達也君がまだ中学生だった頃以来かしら。あの時はまだ桜井さんって呼ばれてたっけ」
「母さんの前で穂波さんと呼べば疑われますし、俺もまだ割り切れて無かったんでしょうね」
「今はもう割り切れてるのかしら?」
悪戯っぽい笑みで訊ねる穂波に、達也は少し照れたような笑みを浮かべながらも、しっかり頷いて見せた。
「今ならハッキリと、穂波さんと付き合ってると言えますね。深雪も何時までも俺にベッタリじゃ困りますし、穂波さんがこの家に来てくれたのは、丁度良かったのかもしれません」
「達也君離れをする? 深雪さんにそれが出来るのであれば、ご当主様も気に病む必要は無かったでしょうに」
「叔母上が何か気に掛けていたんですか?」
達也の問い掛けに、穂波は困ったような笑みを浮かべて答える。
「ここだけの話、ご当主様は達也君を次期当主に指名したかったみたいだし、まだどうにか出来ないか考えているみたいなの。でもまぁ『表向きの魔法力』が劣ってる達也君を四葉家の当主に据えるのは、いくら真夜様でも無理みたいね」
「そもそも俺は、四葉家に留まるつもりは無いです。穂波さんさえいてくれれば――後は深雪と水波の安全が確保出来るのであれば、紛争地帯だろうが何処でも構いません」
「達也君らしい考えね。でもさすがに紛争地帯は生活し辛いわよ?」
「ものの例えです。本当に紛争地帯に穂波さんや深雪たちを連れていくわけが無いでしょうが」
達也の冗談は相変わらず分かりにくい、穂波はそんな事を思いながらも苦笑いを浮かべて話題を変えた。
「今年は九校戦に参加しなかったの?」
「エンジニア兼作戦参謀として参加してましたよ」
「聞き方が悪かったわね。選手として参加しなかったの? ロアー・アンド・ガンナーとかなら達也君の『普通の魔法力』でも活躍できたと思うんだけどな……術式解散でも使えば、足場を気にすることなく的を破壊出来たでしょうし」
「術式解散を使うわけにはいきませんし、魔工科の俺が参加するわけ無いじゃないですか。去年のは特例中の特例です」
去年のモノリス・コードの件は、穂波も中継で知っていたし、出来る事なら現場に駆けつけて達也の援護をしたいと思っていた。だがそれは葉山と真夜に止められ、結局は無頭竜殲滅を達也一人に押し付ける形になってしまっていた。
「明日から深雪さんの護衛は、基本達也君と水波ちゃんにお願いするけど、私もバックアップはするわね。浮いた時間は私と過ごしてくれれば良いから」
「何処かに出掛けますか? 明日は深雪も疲れて何処も出かけないでしょうし、家の中なら水波と俺の『眼』があれば危険は少ないでしょうし」
実はこの二人、付き合っているとはいえ、まともなデートなど一回も経験していない。沖縄滞在中に少しでも、と淡い期待は懐いていたのだが、大亜連合の侵略の所為でそれもかなわず仕舞いになってしまったのだ。
「じゃあ身の回りのものを少し買いに行きましょう。必要最低限のものは持ってるけど、細々としたものは買えば良いかなって思って持って来なかったのよ」
「買い物ですか……深雪や水波も付いて来たいと言いそうですけどね。まぁ、四人でも十分楽しめるでしょうし、深雪の気力次第ですかね」
「スティープルチェース・クロスカントリーは結構苦戦してたみたいだし、明日は大人しくしてるのが良いと思うけどね」
「明日、深雪に聞きます。今日は俺も疲れましたし寝ましょう」
達也の部屋にベッドは一つしかなく、さほど大きいとは言えない。時々深雪が侵入を試みたりはしてるが、未だ成功例は無い。
「いきなり同じベッドってのは緊張するわね」
「嫌なら別にいいですよ? 俺は寝ないでCADの作業をしてますから」
冗談で嫌がって見せた穂波に、達也は意地悪で返した。これが意地悪である事は分かっていても、万が一という事を考えると穂波は慌ててしまった。それが達也が見たがってた反応だと分かっていても……
「折角だし、一緒に寝ましょう! 達也君だって疲れてるんだし、無理して起きてる必要は無いわよ」
「そこまで慌てなくても、ちゃんと分かってますから」
穂波が必死になって止めてくる姿が面白かったのか、達也は珍しく歯を見せて笑っている。その表情を見て、穂波は怒りたかったが怒れなかった。
「その表情、私でも滅多に見た事無かったわね」
「母さんがいた頃は、あまり笑う事も無かったですし。母さんの所為、とは言いませんが、厳しい人でしたから」
達也の母親である深夜は、穂波の元護衛対象であり達也との関係を隠していた原因の一つだ。その深夜は、とある事情で達也に愛情を抱けなくなってしまっていたので、深雪に対して以上に達也に厳しかったのだ。
「深夜様は、達也君に厳しかったわね。でも、あれは……」
「ええ、魔法の副作用で感情の一部を失ったのは俺だけじゃありませんでした。母さんも感情の一部を失ったんでしょうね。意図的か偶然かは知りませんが、俺に対する感情を全て失ってしまっていた。だから母さんは俺に興味を持っていなかったんじゃないか、と深雪も思っています」
実際は違うのだが、達也はあえてその事を深雪には教えていないし、これからも教えるつもりは無い。自分の中で完結している事を、無理に掘り起こす必要は感じられないと思っているのだ。
「まぁ、達也君たちがそれで良いのなら、私は何も言わないわよ。それより、早く寝ましょう?」
「そうですね。穂波さんと一緒に寝るのは、何時以来でしょうね」
子供の頃の記憶を掘り起こしながら、達也はベッドに入り込み、穂波を招き入れた。母親との記憶が無い分、達也は穂波との思い出は十分持っているのだった。
もう十分甘い気が……