少なく無い時間泣いた事でスッキリしたのか、紗耶香は達也から離れて真由美と摩利に頭を下げた。
「壬生さん。残念だけど貴女の事は警察に任せる事になると思うわ」
「はい、それが当然だと思います」
真由美の発言に待ったをかけたのは、紗耶香では無く達也だった。
「会長、壬生先輩は利用されていただけです。背後の連中を叩けば壬生先輩の件は無かった事に出来ます」
「駄目よ! 危険過ぎるわ!」
「私も反対だ! 高校生には大きすぎる組織だぞ!」
「では壬生先輩を強盗未遂で家裁送りにして学校に責任を取ってもらいましょう」
「「………」」
達也の発言は、真由美にも摩利にも重すぎるものだった。警察に任せるとは言ったものの、学校に迷惑をかける事は避けたいのだ。
「司波の言う通りだな。警察の介入は好ましくない」
「ちょっと十文字君!?」
「正気か!?」
克人が達也の意見に同調するとは思わなかった二人は、一斉に克人の方に視線を向けた。いきなり二人に見つめられる形になった克人だが、彼はその程度では微動だにしないのだ。
「だがな司波、相手はテロリストだ。俺や七草は生徒に命を賭けろとは言わない」
「そうでしょうね。初めから学園の力は借りようとは思ってませんよ」
「……一人で行くつもりか」
「本当ならそうしたいのですが……」
「お兄様、お供します!」
達也が言い終わる前に深雪が同行を申し出る。いや、決定事項のように言った。
「もちろんアタシも行くわよ!」
「俺もだ!」
「周りが一人にはしてくれませんので」
エリカとレオも同行を言い出し、苦笑いを浮かべながら克人に向き合う達也。
「司波君。もし私の為なら止めて頂戴。私は裁かれるだけの事をしたのだから」
自分の為に危険を犯そうとしてる後輩を止めようと痛む腕を庇いながら必死に達也のブレザーの裾を掴む紗耶香。だが達也は決して紗耶香の為に動く訳では無かったのだ。
「壬生先輩の為だけではありませんよ。ヤツらは俺と深雪の生活空間に忍び込んできた。既に俺は当事者です。そして俺は俺と深雪の今の日常を犯す輩を全力で排除します」
達也の目には業火と言うにも生温い程の炎が燃え盛っている。それなのに達也からは熱は感じられず、冷たい鋼のような感覚が送られてくるのだ。
「だがよ達也、ブランシュのヤツらが今何処に居るのか分からねぇんじゃ如何しようもねぇと思うんだが」
「確かに、壬生先輩が知ってる場所も既に出払ってるでしょうしね」
「分からないのなら、知っている人に聞けば良いだけだ」
「「知ってる人?」」
「達也君にはヤツらの事を知ってる人に心当たりでもあるのか?」
摩利が興味深そうに達也に問いかけると、達也は静かに保健室の扉に近付いていく。
「あの、達也君?」
「隠れてないで出てきたら如何ですか? 小野先生」
話しかけるように扉を開け、そこに立っている遥を全員に確認させた。
「カウンセラーの小野先生!?」
「遥ちゃん!?」
「……遥ちゃん?」
この場に似つかわしくない呼称が達也の思考を停止させる。名前から誰の事かは分かるのだが、レオが何時の間に遥と親しくなってたのかが分からなかったのだ。
「アンタ、仮にも先生をちゃん付けって如何なのよ」
「男子全員が呼んでるぜ。遥ちゃんもそれで良いって」
「……それで、小野先生」
「遥ちゃんで良いのに……」
「ふざけてるとさすがに怒りますよ?」
「「「ッ!?」」」
爽やかな笑みを浮かべながらの脅しに、レオもエリカも遥も震え上がる。エリカとレオは普段から何かと達也に迷惑を掛けている為だが、遥はこの場に似つかわしくないボケをした所為で命の危険を感じた為だった。
「しょうがないわね……地図を出して頂戴」
無言で端末を取り出し、遥から送られてきた地図データを見た達也は、その場所がブランシュが隠れるには適していると即座に理解した。
「此処って!」
「学校のすぐ側じゃねぇか!」
「舐められたものだな」
何時の間にか達也の背後から地図を覗き込んでいた摩利も、エリカやレオと同意見だったようで、腕組みしながら顔を怒りで歪ませていた。
「小野先生……」
「ごめんなさい壬生さん。私の力が及ばなかったばっかりに、貴女がヤツらにつけ込まれる隙を作ってしまって」
「いえ、私が悪いんです」
紗耶香の事を気にしている遥を見向きもせず、達也はブランシュを如何潰すかを考えていた。
「お兄様、如何やって此処まで行きます? 歩いていきますか?」
「いや、どっちにしても気配でバレるだろうから車の方が良いだろう」
「なら車は俺が用意しよう」
「え? 十文字君も行くの?」
まさかの克人の参戦に驚く真由美。
「一高生徒として、部活連会頭として見過ごせんからな」
「なら私も……」
「駄目だ! テロリストが残ってるかもしれない今の状況で、生徒会長の七草が学校から抜けるのは好ましくない」
「わ、分かったわ……それじゃあ摩利も残って。風紀委員長に抜けられると統制が取れなくなるわ」
「仕方ない……」
本心では参加したかったであろう摩利も、真由美の言う様に抜け出すに抜け出せない立場なのだ。
「それで司波、すぐに行くのか? このままでは夜間戦闘になるが」
「そんなに時間は掛けません。すぐに片付けます」
「そうか」
それだけ言うと、克人は先に保健室から出て行った。恐らく車の手配に行ったのだろうと達也たちは思ったのだ。
「司波君~、怪我だけは気をつけてね~」
「分かってます」
今まで沈黙を守っていた怜美の間延びした声に達也以外の気が抜けたが、達也だけは気にも留めなかった。
「なぁ達也」
「何だ?」
「ブランシュのアジトを知ってる遥ちゃんっていったい……」
「知らない方が良いぞ」
見当の付いている達也は、友人には知らない方が良い情報だと言う事を知っているのだ。レオは達也が冗談では無く本気だと悟り、それ以上は追求してこなかった。
克人の用意した車の中には、思いがけない人物が待機していた。
「よう、司波兄」
「どうも」
「あんまり驚かねぇんだな」
「いえ、十分驚いてますよ」
主に呼び方にだが、達也はその事は言わなかった。
「知ってると思うが二年の桐原だ。訳あって同行する事になった」
「会頭が決めたのでしたら俺からは何も言いません」
達也と深雪には克人が言う『訳』の中身にも大体見当が付いているので深くは聞く事はしなかった。
車で移動してすぐ、ブランシュがアジトにしている廃工場が見えてきた。
「レオ、今だ!」
「パンツァーー!」
達也の合図で硬化魔法を発動し、車全体を硬化してゲートを破壊した。
「車の装甲を硬化したのか」
「その所為でヘロヘロだけどね」
「うるせぇ、平気だっての……」
「司波、お前が考えた作戦だ、お前が決めろ」
突入の作戦は車中で説明済みだ。克人は今回の件を達也に任せると言ったが、責任だけは自分が負うと言ってくれているのだ。
「レオとエリカはこのまま待機。敵が来たら容赦無く片付けてくれ」
「分かった」
「任せとけ」
「十文字会頭と桐原先輩は裏口から回って下さい。俺たちはこのまま突っ込みます」
「気をつけろよ」
それぞれに指示を出して、達也と深雪は廃工場へと入っていった。そしてすぐに開けた場所に到着したと思ったら、目の前からライトを当てられた。
「ようこそ!」
彼がブランシュのリーダーだと、達也も深雪も即座に理解したのだった。
次々回くらいでブランシュは終わるかな? そうなれば紗耶香が如何なったのか書けると思います。