パラサイドールの一件で気まずい感じになってしまったが、独立魔装大隊の訓練などでは顔を合わせなければならない。風間の命も達也と行動を共にしろとの事なので、響子は非常に気まずい時間を過ごさなくてはいけなくなっていた。
「少尉、次のプログラムをお願いします」
「………」
「藤林少尉!」
「ッ!? し、失礼しました。大黒特尉、何かご用でしょうか」
「ですから、次のプログラムをお願いします」
ぼんやりとしていても、達也の事を『大黒竜也』として扱う辺り、響子の職務に対する態度が窺えるだろう。だがどうしても、パラサイドールの件が頭から離れないのだった。
「大黒特尉、訓練が終わったらお時間よろしいでしょうか」
「構いません」
達也の正体を知らない他の隊員もいるので、響子は普段から大黒特尉には敬語で話している。二人っきりの時は、マスクをしていてもため口の時もあるのだが。
「ありがとうございます。では、次のプログラムを開始します」
正体は知らなくても頼もしい仲間である事には変わらないし、昨年の秋に『灼熱のハロウィン』を巻き起こした戦略級魔法師である事は知っているので、誰一人彼の正体を突き止めようとする猛者はいなかったのだった。
訓練を終え、誰にも見られる事無く外に出た達也は、人目の少ない場所で響子と待ち合わせていた。大黒竜也の正体は分からなくても、響子と約束していた事は知られているので、もし軍の側で会えばおのずと達也の正体が知られる事になるという事で、念には念を入れて離れた場所を待ち合わせ場所として利用しているのだ。
「ゴメンなさい、色々と面倒で」
「構いませんよ。それで、何か話があるんですよね?」
「うん……まずは九校戦の件は、祖父が本当にゴメンなさいね」
「少尉は詳しい事情を聞かされてなかったのですよね。なら少尉が謝る必要はありませんよ。まぁ、上手く使われた感は否めませんがね」
響子に視線を向けながら嫌味を言うと、非常に居心地が悪そうに響子が身動ぎをして見せた。演技では無く素で居心地が悪いのだろうと、達也も分かっているが、手加減を加える気にはなれなかった。
「四葉さんには祖父が計画してた事や、伯父が大陸の方術士を招き入れた事もバレちゃったらしいから、達也君と私が接触してるのも四葉さんは面白くないのかもしれないけど」
「藤林家は中立でしたから、叔母上もそこまで神経質にならないと思いますよ」
「達也君は知らないの? 九島家と四葉家の関係を深いものにする為に、四葉縁者と私のお見合い話があった事」
「……初耳ですね。叔母上は九島閣下の教え子だったと聞いていますが」
「数日だけね。でも今の関係は非常に微妙なもので、四葉家は十師族の中でも頭一つ抜け出てる。だから四葉との関係を強固なものにする為にってね」
「師匠と弟子の関係ではなく、縁者と繋がりを持つ事で内情を知ろうと?」
穿った見方をする達也に、響子は笑顔で首を振った。さすがの達也も藤林家の考えまでは理解出来なかったようだ。
「何時までも死んだ人に囚われてる私を見かねてそういう話が出たみたい。四葉との関係修復には丁度いいだろうって思いもあったかもしれないけどね」
「……少尉の気持ち、分からなくはないです。俺も多分、亡くなった人に囚われてるかもしれませんしね」
「その事は少佐から聞いたわ。達也君が深雪さん以外で心を開いた人だって」
「四年前の沖縄侵攻の際に命を落としてしまいましたからね。俺や少佐の前で」
穂波の事は誰にも話さなかった達也だが、相手が知っているなら隠す必要はないと判断したのだろう。穂波の事を響子に話しながら、自分の気持ちを整理しようと思ったのかもしれない。
「私より辛いわよね……目の前で死なれたんだから」
「まだ中学生でしたし、少尉のように付き合っていたわけでもありませんので。そして俺には、悲しいと思う事が出来ませんので」
「………」
達也の感情の事は知っているし、実際に何度もそう言った場面を見てきた事がある響子でも絶句していまった。無表情に、無感情で、無慈悲に敵を消し去る達也だが、死を悼めないのが辛い事だと改めて知らされたのだ。彼は兵器では無く人の子なのだと、改めて思い知らされたのだった……
「でもまぁ、母親が死んだ時よりかは、冷静でしたね。処理できる範囲を超えるのが早かったんでしょうね」
「それはやっぱり、その人の事が?」
「多分そうでしょうね。未だに思い出しますし、彼女に似た水波を見る度に、昔の無力さを痛感します。今なら救える、などと自惚れたりはしませんが」
「過去に囚われてる人の気持ちは、私にも分かる。だから言うけど、何時までも囚われちゃダメなのよ。人間は前を向いて進むしかないんだから。立ち止まったらダメなのよ」
まるで自分に言い聞かせるように言う響子に、達也はどう反応すればいいのか悩んだ。同じ時期に大切な人を亡くし、その人に囚われているのだが、達也は別に立ち止ってはいない。元々希薄な恋愛感情を刺激する相手が現れていないだけだ。ほのかや雫、愛梨など自分に好意を向けてくれる相手の事はありがたいと思っているし、その相手の事を特別に思えないかどうか努力した事もある。だが残念な事に、彼女たちは深雪同様妹としか思えなかったのだった。
「そういえば、少佐から何か受け取ってましたね。何を貰ったんですか?」
「えっ? ああ、これ? なんかテーマパークのチケット。何で少佐がもってたのか分からないけど」
「確かに……少佐が誰かと一緒に行く予定だったのでしょうか?」
二人でそんな光景を思い浮かべ、同時に笑いだす。あの風間がテーマパークを楽しんでいる風景を想像してしまったのだろう。
「折角だし、一緒に行く? 丁度明日休みだし」
「構いませんが、普通の服しか持ってませんよ?」
「大丈夫よ。私もだから」
普段からデートなどに縁が無い二人なので、肩肘張らずに出掛けようと決め、今日は解散となった。解散といっても、独立魔装大隊で使っているホテルまでは一緒なのだが、達也は色々と面倒な手順で中に入るので、ここで別れたのだった。
共通点多めなんだけど、なんか上手くいかない……