劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真面目な二人


同族IFルート その2

 響子との待ち合わせ時間の少し前には、達也は待ち合わせ場所へと到着していた。普段から早めの行動を心がけている達也は、必ずと言っていいほど待ち合わせで待たされる方なのだ。

 だが響子も早めの行動を心がけている人種なので、達也が到着した少し後には既に姿を現していた。

 

「やっぱり早いわね」

 

「少尉こそ。まだ時間前ですよ」

 

「性分なのでしょうね。それから、今日はプライベートだから『少尉』は無しね」

 

 

 軍の施設では無い場所に行くのだから階級で呼ぶのは確かにおかしい。だが、達也には響子が別の理由で階級呼びを嫌っているように思えていた。

 

「では、何とお呼びしましょうか? 藤林さんで良いですか?」

 

「テーマパークに行く間柄にしては、他人行儀過ぎないかしら? 他のお客さんに疑われるわよ」

 

「何を疑われるのか知りませんが、少尉は何と呼ばれたいんです?」

 

「そうねぇ……響子さん、もしくは呼び捨てでも構わないわよ?」

 

 

 響子が悪戯っぽい笑みを浮かべると、達也は苦い笑みを浮かべる。響子が見せた笑顔が、若干真由美と被って見えたからだろうか。

 

「では響子さん、何時までもここに立ってるのもおかしいですし、そろそろ行きますか」

 

「そうね。それじゃあ達也君、エスコートお願い出来るかしら」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 

 響子が腕を絡めたのを見て、目的地まで進む達也。達也にとってこの行動はエスコート以上の意味を持たないが、周りから見れば恋人がくっついているようにしか見えない。私服姿の達也を高校生だと見抜ける眼力の持ち主は、残念ながら(?)この場所にはいなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これと言った盛り上がりを見せる事無く、午前中を過ごした二人は、敷地内でも人気の少ない場所で休憩していた。

 

「達也君、楽しい?」

 

「普通ですかね。響子さんは?」

 

「私も普通かな。こういう場所ってもっと盛り上がるのかと思ってたけど、違うみたいね」

 

「俺たちだけが盛り上がって無いっぽかったですけどね」

 

 

 達也と響子以外の客は、それなりに楽しんでいる感じがしていたし、それ以上の感じを出している人も少なくなかった。普段からこれ以上の刺激に慣れ過ぎているのか――楽しいという刺激ではなく、命のやり取りという刺激だが――達也と響子にはこれくらいの刺激では感情に触れる事は無かった。

 そもそも達也に楽しいと想える感情は残されていないので、本当に楽しかったとしてもそうは思えないのだが……

 

「それじゃあ、午後はもう少し楽しいと想えるように行動しましょう」

 

「無理矢理感が全開ですね……別の場所に行きませんか?」

 

「別の場所? それって施設内にある場所で、ってこと?」

 

「何かありましたよね? アトラクション以外の娯楽施設が」

 

「娯楽って……ゲームセンターとかプールとかかしらね」

 

 

 最初から楽しめそうにないという雰囲気が達也からは漂っていた。過去に囚われている同士とはいえ、響子は達也の上役であり年も上だ。友人たちと同じように想えるはずが無いので、普段のようには振る舞えない。一方の響子も、達也は同僚であり何かしたら報復がありそうな家の人間であると知っているために、積極的に踏み込もうとは思えないので、どうしても上辺だけの会話が多くなってしまうのだ。

 

「プールにでも行ってみましょうか。達也君の傷痕を誤魔化せれば、だけど」

 

「この『スイムウェアー』ってヤツを借りれば問題なさそうですね。何故男性用も上があるのか分かりませんが」

 

「細かい事は気にしない方がよさそうね。それじゃあ、行きましょう」

 

 

 とりあえずの問題が解決したので、響子は多少積極的に見えるように達也の腕をとりプールまでの道のりを歩く。達也も無理に振りほどく理由も無かったので、響子の好きなようにやらせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーマパークに来て、プールに遊びに来る客はそう多くない。達也たちがやって来た時、プールにいる人影はかなり疎らで、達也が気にするほどこちらを見る人はいなかった。

 

「達也君、それ着てると鍛えてるのが良く分かるわね」

 

「響子さんは普通の水着なんですね」

 

「私は隠す必要が無いもの」

 

「お似合いですよ、その水着」

 

 

 達也は思った事を素直に伝えると、響子の顔がみるみる赤くなっていく。別にじろじろと見ていたわけでもなければ、恥ずかしがるような事を言った自覚の無い達也は首を傾げたが、何故顔を赤らめたのかは分からなかったし教えてくれなかった。

 

「とりあえず泳ぎましょうか。達也君、勝負でもする?」

 

「休息で来た場所で勝負はしませんよ。それに、響子さんと勝負しても普通に勝てそうですし」

 

「当然でしょ。達也君と私とじゃ身体能力が違うんだから。するとしてもハンディは貰うわよ」

 

「ちなみにどの程度のハンディを?」

 

「往復勝負で、私が片道の半分を泳ぎ終わってからスタート?」

 

「普通に勝てるわけ無いじゃないですか」

 

「やっぱり?」

 

 

 いくら身体能力に差があるとはいえ、響子もそれなりに鍛えているのだから、そのハンディは達也でも覆すのが難しいだろう。結局勝負は無しになり、達也も響子も普通に泳ぎを楽しんだのだった。

 

「アトラクションより、身体を動かしてる方が良いですね」

 

「私たち、普通に楽しめない環境で生活してるからね。動いてないと落ち着かないのかしら?」

 

「どうでしょうね。事務仕事とかもしてるので、一概にそうは言い切れませんが」

 

「事務仕事、なのかしら……まぁ、君は他の仕事もあるし、私も別の仕事があるから確かに言い切れないわよね」

 

「ところで……密着し過ぎでは?」

 

「さっきからじろじろと見られて恥ずかしいのよ。達也君の側にいれば見られないでしょ?」

 

 

 女性らしい体付きの響子が水着を着れば、それなりに見られるのは仕方の無い事だろう。達也もその視線には気付いていたので、とりあえず会話の間くらいは響子の密着を許したのだった。




傷痕は隠さないと……

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