目を覚ましてみた光景を、私は信じられずにいた。何となく見覚えのある部屋で、お兄様が沢山の女性に囲まれているのだから。
「お兄様! これはいったいどういう事でしょうか?」
「深雪、寝ぼけてるの? ここにいるのは全員、達也さんの彼女だよ」
「か、彼女?」
お兄様の代わりに答えた雫が放った言葉を、理解するのには時間を要するようです……だって、お兄様の側には雫、ほのか、エイミィ、スバル、エリカ、七草先輩、泉美ちゃんと香澄ちゃん、一色さん、十七夜さん、四十九院さん、九十九崎さん、市原先輩、平河先輩と平河さん、壬生先輩、安宿先生、藤林さん、そして亜夜子ちゃんがいるのだ。六股騒ぎなど比べ物にならない十九股ではないか……
「向こうに黒沢さんや小野先生もいる」
「二十一人もお兄様の彼女なんて、あり得ないわよ」
「? 何で? この状況は深雪が生み出したんだよ?」
「えっ、私?」
雫に言われても、私には全く覚えが無い。そもそもお兄様を他の女に取られる状況を私が望むわけが……
「自分が一番なら、何人でも付き合って良いって深雪が宣言したから、達也さんを奪い合うんじゃなくって共有する事にしたんだよ。他にも津久葉さんや水波もいる。あとはアンジェリーナさんも」
「リーナはアメリカじゃ……」
「ミカエラさんの監視という名目で日本に来てるらしいよ。ミカエラさんも達也さんの彼女だし、丁度良かったみたい」
「二十四人……いくらお兄様が魅力的だと言っても、さすがに多すぎです」
「自分を入れて無いけど、深雪は達也さんの彼女じゃ無かったの? 深雪が筆頭だから私たちは達也さんを共有してるのに、深雪が一番じゃないなら、私たちは一番になる為に争わなきゃ!」
「待って!」
状況が良く分からないけど、お兄様の一番が私である事が平和に繋がるなら、全力でお兄様の彼女にならなければ!
「一番は私です。皆は二番でもお兄様と付き合いたいといってお付き合いしたのでしょ? 一番の座を奪うつもりなら容赦しないわよ?」
「うん、何時もの深雪に戻った。あっ、ちなみに達也さんの彼女は『女子』だけじゃないよ?」
「どういう事なの?」
彼女、と言うからには女性だけのはずなのに、雫はそうじゃないと言っている……もしかして「女子」と「女性」を別に言ってるのかしら? でもそれだと夕歌さんや黒沢さん、藤林さんや安宿先生、小野先生は「女性」のはずよね……
「同性からも好かれてるなんて、さすが達也さんだよね」
「同性? つまり男?」
「十三束君や隅守君、それと四高の黒羽君の三人」
十三束君と隅守君はまだいいとして――良くは無いけど――何故文弥君までお兄様の「彼女」になってるのよ……確かに文弥君は裏の仕事の時は女装してるって亜夜子ちゃんから聞いてたし、実際にヤミちゃんの写真を見て可愛いと思ったけど、それでもお兄様の彼女なんて認められるわけが無いじゃないですか!
「そう言えば、ほのかもそろそろ安定期に入るね」
「安定期? まさか……」
「? 今日の深雪、なんか変だね? 深雪だってもう六ヶ月でしょ?」
「えっ?」
雫に言われ自分のお腹を見ると、確かに少し膨らんでいるような……これってつまり、そう言う事なのかしら?
「達也さんは魔法師界の発展に大いに貢献してるよね。こんなにも子供を作ったんだから」
「お兄様の……子供……私とお兄様の……」
まるで夢でも見てるような気分ね。お兄様の子供を身籠るなんて諦めてた夢だけど、本当に私のお腹の中にお兄様の子供が宿ってるなんて……
「達也さんには名前を考えてもらわないとね。高校生で母親になるなんて思ってなかったけど」
「雫だって望んだんでしょ? お兄様が強引にするとは思えないもの」
「うん……」
頬を赤らめて視線を逸らす雫を、同性ながら可愛いと思ってしまうなんて……でも、今の雫は確かに可愛らしいものね。
「そう言えば七草先輩たち、お見合いとかあったはずよね? よくお兄様の彼女になれたわね」
「? 達也さんと深雪の家柄なら問題ないんじゃないの? 四葉なら十師族の中でもずば抜けてるし」
「その事も教えてるのね……」
まぁ恋人で、ゆくゆくは事実婚という間柄になるであろう相手なら、叔母様も許してくれるでしょうし……そう言えば叔母様は? 一番お兄様に固執してるような気がしていたのですが……
測定機の上で幸せそうに寝ている妹を、達也は少し躊躇いながらも起こす事にした。
「深雪、そろそろ起きろ」
「……はっ! ここは、地下室?」
「珍しいな、お前が測定中に寝るなんて」
「測定中?」
九校戦が終わり、とても濃かった期間のお陰で、深雪の魔法力は競技前とは比べ物にならないくらい成長したので、今日はCADを本格的に調整していたのだ。達也が起動式を弄っている間、深雪は大人しく座って待ってるか、地下室からリビングに戻り、家事などをこなすのが定例なのだが、今日に限り深雪は測定機の上で寝てしまったのだ。
「お兄様!」
「な、何だ?」
「お兄様は今、お付き合いしてる女性はいませんよね?」
「いきなりだな。誰とも付き合って無い」
「では、十三束君、隅守君、文弥君の事をどう思ってますか?」
「何故その三人なんだ?」
深雪の意図が解らず、達也は首を傾げながら質問に質問で返した。
「お答えください!」
「……十三束はクラスメイトで、ケントは後輩、文弥は再従弟だ。それ以上でも以下でも無い」
「では、もし『付き合ってくれ』と言われても、付き合う事は無いのですね?」
「何を言ってるんだ……三人とも男で、俺も男だ。そういう世界があるのは知ってるが、俺はその世界の住人では無い」
「ですよね……良かった」
ホッと胸を撫で下ろした妹を、達也は怪訝そうに眺めていたのだった。
――ちなみに
「達也さんには十文字会頭、これは譲れません! ……あれ? 私はなにを熱くなってたんでしょう」
深雪の妄言を受けてなのか、美月が自宅で叫んでいたのは別のお話。
何となく腐の人の手助けにもなってるかも……