劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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閏年だったんだな……気にしてなかった


達也の信頼

 深雪は目の前に座っている客に気づかれないように溜め息を吐いた。折角、休日に達也が家にいるのに、甘える事が出来ないからではない。修行で疲れている達也を慮ってデートのお誘いを我慢して、達也の疲労回復の為に時間を使ってもらおうと思っていたのに、実家からの使者として訪れてきた相手を追い返すわけにはいかない。ましてや兄が歓迎したのだから自分も歓迎しないわけにはいかないのだ。

 

「文弥、亜夜子、良く来たな」

 

「文弥君、亜夜子ちゃん、いらっしゃい」

 

「達也さん、深雪お姉さま、お邪魔いたします」

 

「達也兄さん、深雪さん、お久しぶりです」

 

 

 水波に案内され達也にソファを勧められた黒羽姉弟に挨拶をした達也と深雪は、表向きは友好的な挨拶だったのに対し、黒羽姉弟の返礼は硬かった。

 

「そう言えば文弥、先月は水波が世話になったな。お前が警備員を排除してくれたおかげで俺も手間が省けた」

 

「あ、あぁ……あの件ですか。いえ、大した事ではありませんので――」

 

 

 気にしないでください、と続けようとした文弥だったが、達也がセリフをかぶせる方が早かった。

 

「その恩返しと言うわけではないが、何か力になれる事は無いか?」

 

「……まったく。達也さんには敵いません。他人の気持ちなんてまるで興味なしというクールなお顔で、こんな不意打ちを仕掛けてくるのですもの。文弥、お言葉に甘えましょう。元よりわたくしたちはただの使者。選択肢など無いのですから」

 

「う、うん。そうだね……ご当主様より、直々にお預かりしてきました」

 

「……文弥はここに書かれている内容について、知っているのか?」

 

 

 封筒の中身に最後までじっくり目を通した達也が文弥に問いかける。彼は僅かに躊躇を見せたが、姉に助けを求めずに頷くことで答えた。

 

「そうか。ここには周公瑾の捕縛について協力を依頼する、と書かれているが?」

 

「僕もそう聞いています」

 

「達也さん、ご当主様は今回のお仕事、お断りになられても構わないと仰っております」

 

「叔母様がそのような事を!?」

 

 

 驚きの声を上げた深雪に視線が集まり、深雪は恥ずかしそうに視線を逸らし達也に頭を下げた。

 

「文弥、叔母上に『承りました』とお伝えしてくれ」

 

「確かにお伝えします……すみません、達也兄さん。周公瑾捕縛は黒羽に与えられた任務なのに、僕たちが不甲斐ないばかりに……」

 

「気にするな。それで、周公瑾の潜伏先は分かってるのか?」

 

「京都に潜伏してる模様ですが『伝統派』が逃亡を支援していると見られ、詳しい場所まではまだ……」

 

「そうか。参考になった」

 

 

 達也の労う言葉の中に「質問はこれで終わり」というサインを見つけ、亜夜子は文弥と共に席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪が文弥と亜夜子を玄関まで見送りに出ている間に、水波は素早くテーブルの上を片付け、代わりの紅茶を用意した。ティーカップを持ってリビングに戻って来た水波は、達也からつい今し方まで文弥が座っていたソファに腰を下ろすように命じられた。仕方なく達也と深雪の前にティーカップを置いて座に着くと、達也が微かに眉を顰めた。

 

「あの、達也さま……?」

 

 

 水波の中では達也の方が深雪よりも常識人だと位置づけられている。つまり、より主人らしい相手だ。何か粗相でもあっただろうか、と水波が不安に駆られたのも大袈裟な反応ではない。

 

「水波、お茶をもう一つ追加してくれ」

 

「はい……? (この時間から、またお客様が来るのでしょうか?)」

 

 

 本人は気付いていなかったが、水波の顔には戸惑いだけではなく疑問まで浮かび上がっていた。それを見てとった達也から、微かな苦笑いと共に訂正が入る。

 

「そうじゃない。話が長くなりそうだから、自分の分も用意してくれ、と言う意味だ。俺と深雪にだけ飲み物があって水波に無いというのは居心地が悪い」

 

「……少々お待ち下さい」

 

 

 水波は良く分からない敗北感に打ちのめされながら、すごすごとキッチンへ戻った。水波が自分のカップを持参してソファに戻るのを待って、達也は真夜の手紙をテーブルに広げ話を始めた。

 

「二人は気付いていないかもしれないが、本来叔母上は俺に命令する権限を持たない。正確に言えば、叔母上の命令権は優先順位が低い。深雪の安全確保が最優先である事は言うまでもないが、次に優先されるのは独立魔装大隊の任務だ。叔母上の命令権はそれに次ぐ第三順位となる。しかし今まで叔母上は、俺に仕事を指図する場合、常に命令という形を取って来た。それが普通だったのだが、普通でない方法を取るからには、普通でない事情があるのだろう。例えば今回の任務が特別な対処を必要とするものである、といった」

 

 

 水波の顔に納得が、深雪の顔に不安の色が浮かんだ。

 

「それは、今回の任務が特に危険なものと言う事でしょうか?」

 

「黒羽家当主に重い傷を負わせ、今もなお四葉の追跡から逃れている相手だ。捕獲するにしても始末するにしても、容易ではないだろう。だが問題になるのは任務自体の難易度ではない。ターゲットが何処にいるのか分からないという状況は俺にとって初めてのものだし、四葉にとっても珍しいものと言える。そういう状況、そう言う相手だ。長期の任務になる事は避けられないだろう」

 

 

 深雪の顔に浮かんだ表情が、緊張から不安と寂しさに変わった。

 

「深雪、そんな顔をするな。俺一人で相手するわけじゃない。俺に求められている役割は、ターゲットの逃げ道を塞ぐ事だろうからね。ただ時々は家を空けなければならない日も出てくるだろう。その時は水波、お前が深雪を守るんだ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 何となく他人事のような気持ちで達也の話を聞いていた水波は、自分に与えられた魔法師としての、ガーディアンとしての任務を達也から改めて聞かされ、思わず背筋を必要以上に伸ばしてひっくり返る直前の声で答えた。

 

「魔法力で言えば深雪の方が水波より強い。実戦を想定しても深雪の方が使える魔法は多いだろうが、そんな事は関係ない」

 

「――はい」

 

「水波、四葉家にとってお前は深雪のガーディアンだ。しかし俺にとってはそれ以上に、お前は数少ない、信を置ける魔法師だ。俺が留守の時は、深雪の事を頼んだぞ」

 

 

 達也の声は、暗く重い。水波を送り込んだのは真夜で、そこに隠された意図があると達也は気付いてるし、水波も気づかれていると知っている。その上で達也は、水波を信用していると言う。自分の目で判断して、信用出来ると言っている。

 

「お任せください」

 

 

 水波はその信用から目をそらさず、正面から受け止め返事をしたのだった。




水波って深雪より達也なんですよね、原作でも……

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