劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一般回線でも危険はなさそうだ…


プライベートナンバー

 電話を終えて喉の渇きを覚えた達也はダイニングへ足を向けた。

 

「お兄様、お飲み物ですか?」

 

「ああ、少し喉が渇いてな」

 

「すぐにご用意致します。少しリビングでお待ちください」

 

 

 達也は水で十分だったのだが、深雪に請われるまま達也はリビングに場所を移し、ソファで五分弱待った。

 

「お待たせしました」

 

「ああ……深雪、さっきホットティーを飲んで無かったか?」

 

 

 深雪が持ってきたトレイにはアイスミルクティーのグラスが二つだったので、達也は思わずさっきのは幻覚だったのかと疑ってしまった。

 

「せっかくですから、淹れなおしました。それでお兄様、先ほどのお電話は、昨日のお話に関するものですね?」

 

「そうだ」

 

「どなたにお電話なさったのか、お訊きしてもよろしいでしょうか」

 

「藤林少尉だ」

 

 

 質問に答えるか少し迷ったが、達也は正直に答えた。すると深雪が質問の形で反対意見を述べてきた。

 

「……お兄様、独立魔装大隊にご助力を請われるのですか」

 

「いや、藤林さんに依頼したのは九島閣下との仲介だ」

 

「危険ではありませんか? 独立魔装大隊との通信は検閲されているのでは」

 

「大丈夫だろう。電話を掛けたのは少尉のプライベートナンバーだ。『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』が私用で使ってる回線を盗聴するなど、エシュロンⅢを使っても可能とは思われない」

 

「……そうですか、藤林さんのプライベートな電話番号ですか」

 

 

 深雪の反応を見て、達也は去年の四月の紗耶香の番号で深雪がへそを曲げて大変だったことを思い出した。

 

「ところでお兄様、藤林さんの私的なナンバーを何処で手に入れられたのですか?」

 

「(さて、何と説明したらいいものか)」

 

 

 達也にやましいところは一切ないが、それで深雪が納得するとは思えなかった。今回は説得が難しそうだと、達也は内心ため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の予想通り、深雪の機嫌はそう簡単に直らなかった。この兄妹には珍しく、関係修復まで二日間を要した。そして更に二日後の金曜日の夜に、響子から達也の自宅に電話が掛かって来た。

 

「藤林さん。良いんですか、この番号で?」

 

『今のところ盗聴されていないわ。手を出してきたら尻尾を掴めるのに。まぁ、盗聴を仕掛けられても大丈夫よ。三重にダミー信号をかぶせてあるから』

 

 

 達也が「藤林さん」と呼んだのは、彼女が秋物のフリルブラウスにカントリー風のロングスカートの平服姿だったからで、「良いんですか」と訊いたのは、掛かってきたのが通常の映像電話だったからだ。

 そしてその事を響子は故意にやっているのだと理解し、なまじ機械技術に詳しい為、達也は感心するより呆れてしまった。

 

「……何をどうすれば一般回線のシステムで軍事専用回線並みの事が出来るんですか」

 

『物理的な技術だけで実現していることじゃないから。もっともこの状態を長時間維持するのは私にも辛いから手短に済ませさせてもらうわ。祖父は面談に応じるそうよ。日時は十月六日土曜日の十八時。場所は生駒の九島本邸。時間は大丈夫?』

 

 

 達也は頭の中に予定表を呼び出し、その日のスケジュールが空いている事を確認した。

 

「大丈夫です。場所も分かります」

 

『そう。その日は私も立ち会うからね』

 

「そうですか。よろしくお願いします」

 

 

 達也が軽く会釈したのと同時に、響子の笑顔を映し出していた画面はブラックアウトした。

 

「お兄様……本当によろしいのですか?」

 

 

 今の電話はリビングで受けていて、深雪も水波も今の会話を聞いていた。深雪が心配そうな声を掛けてきたのと同時に、水波も同情の眼差しを向けていた。

 

「九島烈と接触する事がかい? だったら気にしても仕方が無い。今回の仕事とは関係なく、九島烈は俺に関心を持っている。それもちょっと面白そうな若造がいるな、という程度の興味じゃない。おそらく九島烈は、俺の素性や俺の魔法の事も知っている」

 

 

 深雪が大きく目を見開いた。彼女にとって兄のセリフの後半は相当な驚きだったようだ。

 

「九島烈は先々代の四葉家当主と親しくしていて、その縁で四葉深夜と四葉真夜の私的な教師をしていた事があるそうだ」

 

「先々代……私たちの祖父ですよね」

 

「ああ。四葉の悪名を世界に轟かせたあの一件の中心人物だ」

 

「……くすっ」

 

 

 達也のセリフに小さく深雪が笑った。何故笑ったのかが分からない達也が首を傾げると、深雪はますます可笑しそうにクスクスと笑った。

 

「……失礼しました。お兄様がまるで他人事のように仰るものですから」

 

「どういう意味だ?」

 

「だってお兄様。『灼熱のハロウィン』の真相を世界が知ったら、先々代のなさったことどころではありませんよ?」

 

「……とにかくそういう経緯があるから、九島烈が俺の事を詳しく知っていてもそれ程不思議な事じゃない」

 

「それは……大丈夫なのですか?」

 

 

 苦い表情で達也が続けたセリフに、深雪は歯切れの悪い口調で訊ねる。

 

「口封じか。相手はかつての『世界最巧』。口を封じようとしても実行は困難だろうな。それに必要もないだろう。戦略級魔法師のパーソナルデータを秘密にしておく事の必要性を、九島烈が理解していないはずもない。それに九島烈と敵対関係のままというのも具合が悪い。今後の為には、この辺りで貸し借りを清算しておくべきだと思う」

 

「信用出来るのでしょうか?」

 

「味方が必ずしも信用出来る相手である必要は無い。要はいざという時にこちらの注文通り動いてくれればいい。その為にそこそこの対価を払うのは構わないさ」

 

 

 実のところ、同席している水波には兄妹が何を話しているのかさっぱり分からなかった。だがメイドにとって不要な好奇心は禁物だと心得ているのか、水波は深雪にも達也にもその事を訊ねようとはしなかった。そんな水波の気持ちを理解しているのか、達也は理解したかどうか深雪に訊ねる事はしなかった。これ以上水波に不要な重責を負わせる必要は無いと、そう考えたのかは定かではないが。




挿絵の響子さんがお茶目だと思ったな

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