今夜も地下の訓練施設を借りるために九重寺を訪れた達也は、着いて早々僧坊の一室へ招かれた。
「また何か厄介事に巻き込まれているようだね」
「すみません、お手間を取らせてしまいましたか?」
八雲の一言で、達也は今日の式神の一件だと察した。考えてもみれば、自分のお膝元と言ってもいい隣町で白昼堂々長距離探索系の術を使われて八雲が、というよりその門人たちが黙って見ているはずもない。
「血の気が多い弟子が多くてね……それで、今回は何があったんだい?」
「仕事を受けまして。それに関係するトラブルだと思います」
「仕事? 風間くんかい?」
「いえ、軍ではない方です」
八雲の目が笑いの形に細められた。だがその瞳は強い光を放っている。
「内容を聞いてもいいかな?」
「おそらく京都方面の仕事になるかと。師匠の手を煩わせずに済めばいいと思っています」
「遠慮しなくてもいいんだよ? 『伝統派』とは多少の因縁もあることだし」
「やはり伝統派と呼ばれている古式魔法師の一派が関わっていましたか」
八雲が「伝統派」という単語を出したことで、自分の家を探っていた術者が八雲の手中に落ちたことを確信し、話を続けた。
「呼ばれてるんじゃなくて、名乗ってるだけなんだがねぇ……」
「でしたらなおの事、師匠の手を借りるわけにはいきませんよ。古式魔法師同士の内戦なんて洒落になりません」
「やれやれ、僕もまだまだ悟りには程遠いな」
達也に指摘され、自分がらしくもなく好戦的になっていたと自覚した八雲が、照れ笑いを浮かべる。
「ところで、家を覗き見しようとしてた奴らはここに確保しているんですよね? 俺も訊きたいことがあるのですが」
「今は無理じゃないかな。ちょっと疲れさせちゃったからね。今は静かな所で休ませているよ」
底冷えのする笑みを浮かべながら答える八雲に、達也は愛想笑いを浮かべ世間話のような口調で質問を続けた。
「そうですか。ではそいつらの素性だけ教えていただけませんか」
「ああ、彼らは『伝統派』に雇われた野良の魔法師だったよ」
「野良? フリーの魔法師ということですか?」
「そうとも言うねぇ」
「この国にそんな者がいたのですか?」
「そりゃあいるさ。現代魔法を修得できなくても、特定の術なら使えるようになるケースは結構あるものだよ」
「……古式にはフリーの魔法師が結構いるということですか?」
「さて、正確な数は分からないけど、少なくないと思うよ」
つまり今回の仕事に当たっては、今まで想定していた以上に多数の魔法師を相手にしなければならない、という可能性があるという意味だ。達也は自分の中で仕事の難易度を上方修正したのだった。
今季の生徒会の役職には「書記長」という役職が出来た。これは深雪が達也を自分より下の立場にしたくなかったために作られた役職で、職員室では少し問題になった。だが深雪が一時間かけて説得して黙らせたため、それ以上は教師も何も言わなかった。
深雪が教師陣を黙らせ終えたタイミングで、新生徒会発足に合わせて代替わりした新風紀委員長と副委員長が生徒会室へ挨拶にやってきた。
「えーと、一年間よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、吉田君」
委員長として挨拶に来た幹比古をよそに、副委員長として挨拶に来た雫はほのかと談笑していた。
「達也さんが生徒会に残ってよかったね」
「うん……」
「どうしたの?」
「雫は達也さんに風紀委員会に戻ってほしかったんでしょ?」
ほのかがいうように、雫は達也の風紀委員会復帰を望んでいた。理由は単純で、自分が役職に付かないためには、もう一人実力者が必要だったからだ。
そんなガールズトークをしり目に、達也は幹比古を部屋の隅にあるスタンドアローンの端末の前へ連れて行った。
「どうしたんだい、達也」
「まずこれを見てくれ」
質問には答えず、達也は端末のキーボードを片手で操作する。
「起動式かい? これは……式神の構造を起動式に記述したものか。こんな珍しいデータ、よく見つけたね」
「偶然な。それで聞きたかったのは、式神の構造に流派による違いはあるのか、ということなんだが」
「もちろんあるよ。それも、割と分かりやすい特徴がね。例えばこれは……修験道の系統かな。修験道当山派の術者が使う式神で、多分間違いないよ。でもこれ……変なアレンジが加わってるな」
モニターに映し出された起動式を見つめ首をかしげていた幹比古だったが、得心したのかしきりにうなずき始めた。
「なるほど、達也がこそこそしていた理由がわかったよ。これ、アングラサイトで拾ってきたデータだろう?」
「何故そう思う?」
「だってこの式神、明らかに盗聴盗撮用のものじゃないか。明らかに違法な目的に用いるものだ」
「そうか。危ないものだったんだな。幹比古に相談して正解だった。このデータは消しておこう」
「うん、そうした方がいいよ」
達也にさりげなくおだてられ、幹比古は上機嫌な笑みを浮かべた。
幹比古が巡回に出たすぐあと、新部活連会頭に就任した五十嵐という男子が挨拶に来たのだが、彼は緊張しまくっていて頼りない印象を泉美に与えていた。
「あの人、大丈夫なのでしょうか?」
「緊張してただけだろ。まぁ、彼のことは雫やほのかの方が詳しいだろ。同じクラブだし」
達也に頼られたのがうれしいのか、ほのかと雫が説明を始める。
「彼、女子バイアスロン部の去年の部長、五十嵐先輩の弟さんなんです」
「実力だけは申し分ない」
「実力だけは?」
雫のセリフに含みを感じて、達也はオウム返しにそう尋ねる。
「五十嵐君、なんというか……気が弱いというのとは少し違うんですけど、ここぞという時に一歩引いちゃう傾向があるんです。そのくせ、追いつめられると無謀な賭けに出て自滅したりとか」
「彼は参謀か副将向き。リーダーには向いてない」
何とかマイルドな表現にとどめようとしたほのかの努力を、雫が台無しにする評価を下した。
「服部先輩には思われることがあったのでしょう。だから十三束君じゃなく五十嵐君を会頭にされたのでしょう」
これ以上、会頭の陰口に発展しかねない噂話をさせないために、深雪が少し強引に打ち切りを促し、達也もそれを善としこの話題は終わったのだった。
バッサリと切り捨てる雫……