劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この二人は……


警護の割り当て

 生徒会長選挙が終わり、新生徒会役員選出まで一段落すると、いよいよ論文コンペの準備が本格化する。達也は講堂の二階席で五十里が指揮する「投影型魔法陣」制作の作業を見下ろしながら、幹比古と警備の打ち合わせをしていた。

 

「では、今年も風紀委員だけではなく、広く有志を募り、そこから護衛メンバーを選抜するということでいいんだな?」

 

「もちろん。風紀委員会の九人だけで手が回るはずもないからね。代表の護衛だけでなく、現地の警備も希望者を募りたいと思っている」

 

「今年の警備総責任者は服部先輩だろう?」

 

「先輩は他校の警備責任者とオンライン会議中だよ」

 

「二年続けて一高生が総責任者を務めることに他校から不満は出なかったのか?」

 

「それは大丈夫。警備総責任者は九校戦のモノリス・コード優勝校から出すっていう不文律があるらしい」

 

「へぇー、そんなことになってたのか」

 

「去年十文字先輩が総責任者だったのも、別に十師族だからってわけじゃなかったんだね」

 

 

 達也と幹比古の会話に口を挿んだのはレオとエリカだった。ここまでは邪魔にならないよう静かにしていたのだが、意外な内幕に思わず言葉が出てしまったようだ。

 

「それで、達也は護衛と警備、どっちに回ってくれる?」

 

「協力することは前提なんだな」

 

「もちろん。当てにしてるよ」

 

 

 レオとエリカの茶々を気にした様子もなく、幹比古は当然のように達也に問いかけた。

 

「俺は現地警備に回らせてもらおうか」

 

「じゃあ俺もそっちを手伝わせてくれよ。現地の警備ってなると、下見が必要だよな」

 

「えっー、あたしが達也くんと京都に行くから、あんたは護衛に回りなさいよ。得意でしょ、肉の壁」

 

「肉の壁って、殴られたり刺されたりが前提じゃねぇか! 物騒なこと言うんじゃねえよ!」

 

「撃たれるって選択肢もあるわよ」

 

 

 後半はジョークに決まってるが、幹比古は本気っぽかった前半のセリフが気になった。

 

「エリカ……京都に行くって泊まりのつもりだよね?」

 

「そりゃあ、そうでしょ?」

 

「それって……達也と泊りがけの旅行に行きたいってことかい?」

 

「ば、馬鹿っ!」

 

「な、何だよ」

 

 

 婚前旅行疑惑をかけられた事で真っ赤になるではなく、真っ青になったエリカの剣幕に、幹比古は首を傾げた。だがエリカから聞かされた理由で、彼の顔からも血の気が引いた。

 

「深雪に聞かれたらどうする気っ!? 冗談でもただじゃ済まないわよ!」

 

「……お前たち、人の妹を何だと思っているんだ?」

 

 

 恐怖を露わに警戒することそのものが軽はずみな振る舞いで、二人の背後から声がかけられる。幹比古とエリカは首から軋みを上げ振り返ると、達也が底冷えのする笑みを浮かべていた。

 

「まったく……ミキが余計なことを言うから寿命が縮んだわよ」

 

「僕の名前は幹比古だ……」

 

「ま、まぁ、俺たち全員会場警備でいいんじゃねぇか? 五十里先輩には千代田先輩がべったり警護するだろうし、中条先輩には北山がつくんだろ?」

 

「雫だけじゃないぞ。中条先輩の警備には千倉先輩と壬生先輩も協力してくれることになっている」

 

 

 その他では、三七上に桐原が護衛に付くことが決定している。だが三七上は二発目以降の魔法は通用しないといわれるくらいの実力者で、桐原は一発目を防ぐための壁なのだとエリカは納得していた。

 

「桐原先輩は三七上先輩の肉の壁なのね」

 

「おおっ、なるほど!」

 

「エリカちゃん……レオくんも」

 

 

 あくまで「肉の壁」という発想から離れない二人に、美月の冷たい視線が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 論文コンペの準備ですっかり遅くなった達也、深雪、水波の三人は、紫に染まった空の下、駅前でコミューターが来るのを待っているところだ。駅前から空車がなくなるのは珍しいというほどのことではない。空車待ちが全くないということは、稼働していないコミューターが必要以上に多いという意味に他ならない。つまり、社会的無駄があるということだ。

 二分前後待っただけで、駅前の専用レーンにコミューターが進入してきて、中から三十前と思しき男性が一人降車し、ドアが自動で閉まり、ゆっくりと近づいてくるのを見て――達也がCADを隠す懐に右手を入れ水波に指示を飛ばした。

 

「水波『下降旋風』だ!」

 

「は、はい!」

 

 

 達也の指示のおかげで、ロータリーの噴水を使った霧のヴェールは三人の視界を塞ぐことなく霧散した。すぐ目の前に停まるコミューターから飛び出してきた小柄な男と、三人の先頭にいた達也の目が合った。男の目には驚愕に見開かれている。達也は相手の動揺につけこみ、小男の手に握られているボウガンを右回し蹴りで叩き落し、そのまま右足を畳み横蹴りに変えて突き出した。

 右側面に魔法式を構築しようとする想子の揺らぎを感じ、そちらへ向けCADを抜き出そうとして――その動作を中断した。彼より早く深雪が迎撃に当たっていて、領域干渉で相手の魔法を封じたのだ。

 

「お兄様、今の映りましたよね?」

 

「多分。それに映っていなくても証人がいるから大丈夫だ」

 

 

 達也はこの駅前で、彼らを除く少なくとも四人の第三者が、最初の想子波に反応して起動式を展開したことに気付いており、その顔も記憶に収めていた。魔法師であるからには、今の攻防も見えていたはずだ。

 兄妹の短い問答の間にも、男が三回、魔法を放ったが、その全てが深雪の領域干渉に阻まれた。男が五回目の魔法式構築に取り掛かる。それは攻撃のためではなく逃亡のための術式だった。

 

 

「逃がしません」

 

 

 敵の男が踵を返した。が深雪の静かな宣告と共に、男の姿が一瞬見えなくなり、すぐに色を取り戻す。すると糸の切れた操り人形のような動きで、前のめりに倒れたのだった。




雑魚たちの出番は短めで

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