劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也の暗躍……なのか?


それぞれの護衛

 被害者として警察の事情聴取から解放されたのは、駅での騒動から一時間後だった。

 

「やれやれ、すっかり遅くなってしまったな」

 

「そうですね……すぐにお夕食の支度をいたします」

 

「深雪姉さま、それは私が」

 

 

 珍しく気だるげな口調の水波だが、それでも台所に立つ権利を主張するのは頑固なのか真面目なのか……。

 

「そう? じゃあお願いしようかしら」

 

「はい」

 

「お兄様、私は明日の準備をいたします」

 

 

 台所に向かおうとした水波だったが、深雪のセリフに「メイドとしてその支度も手伝うべきではないか?」という表情を浮かべたのを、達也は気付いていた。

 

「そんなに急がなくてもいいだろう。二人とも、まずは着替えて来たらどうだ? 明日の準備は夕食後にゆっくりすればいい」

 

「はい、達也兄さま。そのようにいたします。達也兄さまのお言いつけです。参りましょう、深雪姉さま」

 

 

 深雪に口を挿む暇を与えず、水波は主を二階へ追い立てた。結局旅行の準備は、達也の分だけ深雪と水波が共同で行い、後は二人とも自分で済ませた。

 

「昼のやつらが俺たちの正体を知らないなら、他の連中にも危害を加える可能性があるな。高くつくが師匠に警護を頼むか。その依頼もかねて師匠のところへ行ってくる。先に休んでいてくれて構わない。戸締りだけはしっかりな」

 

 

 旅行の支度をする時間が浮いたためか、達也は一人で昼間の件を鑑みて八雲にクラスメイトたちの護衛を頼むことを決めていた。

 

「達也兄さま、なぜ黒羽様ではなく八雲様を頼られるのでしょうか?」

 

「叔母上はともかく、他の人たちに囮に使われそうだからな。それに、師匠なら何だかんだで協力してくれるだろうし、その弟子の人たちも実力面で申し分ないからな」

 

「そういうことですよ、水波ちゃん。お兄様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

 

 水波も納得したように達也を見送るためにお辞儀をした。達也は息が合いすぎている深雪と水波の動きに苦笑いを浮かべながら、玄関の扉を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の生徒会室。今日は十八時に生駒の九島邸へ行かなければならないため、私用を理由に深雪がほのかと泉美に後を任せると断りを入れていた。

 

「雫」

 

「何?」

 

 

 達也が遊びに来ていた雫に話しかけ、雫は愛想のない返事をする。彼女本人に愛想がないわけではないと知っている達也は、それを気にすることなく続けた。

 

「ほのかを暫く泊めてやってくれないか?」

 

「ええっ!?」

 

「どうして?」

 

 

 声を上げたのはほのかの方で、雫は軽く眉を顰めただけだった。

 

「一人でいるのは危ないかもしれないからだ」

 

「……あの、どういうことですか?」

 

「実は昨日、駅を降りたところで何者かに襲われた」

 

「そんなっ! お怪我はありませんでしたか!?」

 

 

 ほのかと雫に説明していたのだが、達也の言葉に真っ先に反応したのは泉美だった。

 

「大丈夫よ。お兄様も私も水波ちゃんもかすり傷一つないわ」

 

「深雪の言う通り実害は無かった。だが何故襲われたのか背景が分かっていない」

 

「警察は?」

 

「まだ何の連絡もないから、取り調べ中ではないかしら」

 

「じゃあ、誰なのかも分かってない?」

 

「古式の魔法師としか分かってないわ」

 

「それだけ? 他に心当たりは?」

 

「お兄様の仰った通り、何故襲われたのか分からないの」

 

 

 雫と深雪のやり取りを聞いていたほのかは、達也が望んだ方向へ思考を展開してくれた。

 

「じゃあもしかして、達也さんが個人的に狙われたんじゃなくって、一高の生徒会が狙われてる可能性もあるということですか?」

 

「分からない。たださっきも言ったように、一人になるのは避けた方が良いと思う」

 

 

 泣きそうになっているほのかを安心させるために、達也は彼女の頭をぽんぽんと叩く。

 

「分かった。ほのか、今日から家においで」

 

「うん、そうする。用意するから帰りに付き合ってもらって良い?」

 

「良いよ」

 

 

 達也に撫でてもらい雫の好意を受け入れる形で、ほのかのお泊りが決定した。

 達也の暗躍は生徒会室だけでは終わらなかった。深雪と水波を少し待たせ、達也は幹比古がいる講堂を訪れていた。

 

「……というわけで、誰が狙われているか分からない状況だ」

 

「論文コンペ絡みかもしれないし、そうじゃないかもしれないってことだね?」

 

「そうだ。理由が判明しない以上、ターゲットも絞れない」

 

 

 達也の言葉を疑ってる様子もない幹比古は、この時期に一高の生徒が襲われたという事実を重く受け止めていた。

 

「代表の護衛を増やすべきかな?」

 

「いや、中条先輩には十分な人数がついてるし、五十里先輩と千代田先輩、三七上先輩と桐原先輩の組み合わせなら大抵の相手は退けられるだろう。それよりも俺が心配してるのは、お前たちだと美月だ。俺が一高で最も親しくしているのはお前たちだからな」

 

 

 二人の話を黙って聞いてたレオとエリカだったが、最も親しいの部分で男二人が照れた表情を浮かべた。

 

「美月ならミキが守ってあげればいいじゃない。あたしやコイツは自分の身は自分で守れるけど、美月はそうはいかないでしょ? あたしが守れればいいんだけど、相手が古式の魔法師だっていうなら、ミキが守ってあげる方が安全でしょ?」

 

「そうだな……幹比古、頼めるか?」

 

 

 エリカの自己分析能力に感心しながら、達也は幹比古に美月の護衛を頼むことにした。

 

「えっ、いや、でも」

 

「ちゃんと家まで送り迎えするのよ。ご両親への挨拶も忘れないでね。じゃないと、ストーカーに間違われちゃうから」

 

「うっ……」

 

 

 必要性は分かっているが心情的に大きな抵抗があった。特に「ご両親に挨拶」という部分が。

 

「美月にはあたしから話しとくわ」

 

「ああ、頼んだ」

 

「……分かったよ。何かあってからじゃ遅いからね」

 

 

 エリカと達也の間で話が進められて腹をくくったのか。気恥ずかしさと照れ臭さを大義名分で押しつぶして、幹比古は正直になることにした。

 

「じゃあそういうことで。幹比古、頼んだぞ」

 

「これがきっかけでもっと仲良くなったりしてね~」

 

「ワリィ女だ……」

 

 

 腹をくくった幹比古に追い打ちをするエリカを見て、レオがしみじみとつぶやいたのだった。




幹比古と美月はどう弄ってもお似合いですね……

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